「池袋暴走事故」で被疑者が主張する「クルマの故障」は起こりうる? レーシングドライバーが斬る!

判断ミスや操作ミスだけではない精神的なヒューマンエラーもある

 昨年、東京都内池袋地区で痛ましい事故が発生。一組の母娘が尊い命を落とし、多くの怪我人も発生した。まだ記憶にも新しく、そして永遠に消えることのない悲惨な事故が何故起きたのか。裁判を通じてさまざまな解明が進んでいる。事故の経緯は88歳の高齢男性が運転するトヨタ・プリウスがまず交差点を曲がりきれずガードレールに接触。その後プリウスは急加速して片側3車線道路のもっとも歩道寄り車線をフル加速状態で100mほど加速。そして50m先の赤信号で停止すべき横断歩道を突っ切り、青信号で横断中の歩行者数名をはねる。

 その後も加速し続け、次の信号付き交差点にも車速を上げた状態で突っ込み、同じく青信号で横断中の自転車に乗る被害者母娘をはね飛ばして即死させ、右折中のゴミ収集車の車体横に突っ込んで同車を横転させた。被疑者のプリウスも前面を激しく損傷し、そこでようやく停止したのだった。

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 警察の発表では衝突時の速度は100km/h程度にまで高まっており、被疑者は最初のガードレールへの接触で動転し、アクセルとブレーキを踏み間違えた状態で加速し続け事故を起こしたとしている。裁判で被疑者は遺族に対して謝辞を述べながらも「ブレーキを強く踏んだが利かなかった」という趣旨の証言をしている。だが車載のEDR(イベントデータレコーダー)はアクセル全開の信号とブレーキを操作していない記録を残していて、裁判官が本人の記憶証言とEDRのデータ記録のどちらを判断基準とするのかが注目されている状態だ。

 はたして被疑者が述べるように「ブレーキを踏んでいるのに加速した」という状況は起こり得るのだろうか。クルマは機械であり、故障することは十分あり得る。しかし、ブレーキペダルを踏み込んでいるにもかかわらず、加速状態になるというのはあり得ない話だ。ブレーキを強く踏みすぎてブレーキペダルが折損し機能しなくなるケースはあり得る。これは前面衝突時にブレーキペダルがドライバー側に押し込まれてドライバーの脚部に大きな怪我を引き起こすのを防ぐための策としてブレーキペダルレバーのなかほどで折れる構造を採用しているからだ。同じ理由でアクセルペダルも想定以上に大きな力が加わると折れる。

 だが池袋の事故では、被疑者は事故以前から足が悪く、杖をつきながら歩く状態だったという。とてもブレーキペダルを折るほどの脚力はなかった。事故後車両のペダルも折れてはいなかったはずだ。またブレーキとアクセルの両方を強く踏み込んでいたとしたらどうだろう。この場合はブレーキオーバーライドという機能が働きブレーキを優先する構造になっている。いずれにしてもEDRに記録されたデータと事故の状況分析から被疑者がブレーキペダルだと思って踏み込んでいたペダルはアクセルペダルだったことは明白だろう。

 この事故では高齢者の運転問題が主題のように捉えられているが、じつは誰にでも起こりえる状況だということを理解しておく必要がある。日常的に運転して慣れていると、運転操作に対する注意力は散漫となっている。普通に運転しているつもりが、何らかの異常事態で急激に緊張すると身体が硬直し正しい操作が行えなくなる可能性は誰にでもあり得るのだ。

 池袋のケースでは手前の交差点を右折し損ねてガードレールに接触したことで途端に緊張状態となり、慌ててペダルを踏み込んでしまったと考えられる。それは判断ミスとか操作ミスというだけでは片付けられない精神的なヒューマンエラーの奥深い問題なのだ。駐車場出口で身を乗り出して料金を機械に投入している時に、後ろのクルマが来て急ごうと慌て、足をブレーキペダルから外してしまって踏み直し、それがアクセルペダルで暴走し歩道を歩いていた人が犠牲になるという事故も起こった。似たようなケースの事故はほとんど毎日のように起こっている。

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 今回の事故から学ぶべきことは、高齢者の運転問題としてだけではなく、すべてのドライバーに起こりえる問題として危機意識を高めることにある。より注意し慎重に運転することが求められるのだ。

 被疑者がいうような自動車の欠陥は考えられないが、自動車メーカーは今回のような悲惨な事故が絶対に繰り返されないようなシステムをいち早く開発し、導入するべきだろう。自動車メーカーの開発力なら難しい問題ではないはず。少なくとも市街地で5秒以上もアクセル全開を続けたら異常な走行と判断できる。車両前に人や自転車、他車両などが存在したら自動ブレーキをかけるなど容易いはずだ。新型車にはどんどんこうした運転アシスト機能を標準搭載させ、高齢者や運転の苦手なドライバーには新型への乗り換えを促進させる優遇措置があってもいいだろう。

 とくに提案したいのは菅政権となって提唱されている運転免許のデジタル化だ。マイナンバーカードのICチップに運転免許データを統合し持たせるという。そこでETCのようなカードリーダーを車載し、デジタルチップの免許カードを差し込まないと始動しない仕組みにできる。これで無免許運転を防げるし、高齢運転者やビギナー、サンデードライバーを認識させ速度リミッターを作動させるなど制御を変えることが可能となる。事故履歴や保険加入情報なども書き込めるはず。

 本当に交通安全を求めるなら、すぐにでも着手すべきではないだろうか。高性能車よりも、低燃費車よりも、今すぐに必要だ。シートベルトやエアバッグと同様にすべてのクルマが搭載すべき装置になるよう望んでいる。それが出来ないというなら、完全自動運転など夢のまた夢だ。


中谷明彦 NAKAYA AKIHIKO

レーシングドライバー/2023-2024日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員

中谷明彦
愛車
マツダCX-5 AWD
趣味
海外巡り
好きな有名人
クリント・イーストウッド、ニキ・ラウダ

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