風洞も戦略室もエンジンベンチも全部見た! ホンダの「モータースポーツ」を生む超最先端極秘施設「HRC Sakura」に潜入 (2/2ページ)

本田宗一郎の意思は今でも確実にHRCへ受け継がれている

 次に見学した場所は、ファンであればお金を払ってでも入りたいこと間違いなしなあの部屋。そう。ミッションルームだ。正確には「SMR(Sakura Mission Room)」と言われており、F1のシーンではお馴染みの場所。ここから、世界中で行われているF1の現場とリアルタイムで通信し、チーム関係者などとやり取りをする部屋。言わば世界最高峰のレースであるF1に参戦するレッドブル・レーシングとスクーデリア・アルファタウリの両チームの頭脳だ。なお、レース現場の情報が届くまでの早さは、中継されているレース映像よりも圧倒的に早いとのこと。

 ここでは、マシンの状況と全データを専用開発したラグの出ない専用ソフトや通信網を通してモニターし、現場とやり取りしているので、攻め込めるタイミングやマシンの不調などを即現場に伝えて相談し、ドライバーに指示を飛ばせることになる。日本の裏側と言われているブラジルが舞台の「ブラジルGP」でも問題ないのだ。なお、数千種類にも及ぶセッティングデータも数分で解析可能で、各レースに向けて最適なセッティングもここから指示を飛ばせる戦略相談の場でもある。スタッフは予選日で15〜20人、決勝で5〜10人ほどが在籍するという。

 この日は特別に、実際にレースで使用されているヘッドセットを介して、第4期の初勝利となった2019年F1第9戦オーストリアGPのレース映像や、ヘッドセットを介した質疑応答などを体験させて頂いた。ものの数分だが、F1のレース現場で実際に働いているような錯覚を覚えた非常にいい経験であった。

 続いて見学したのは真っ暗な部屋に大きな機械の置かれた謎の部屋。ここは「DIL(Driver In the Loop simulatoe)」と呼ばれている場所。ここでは、最先端のシミュレーターを介して、サーキットでしか得られないマシンデータを現場に行かずとも得ることが可能なほか、若手ドライバーの育成なども行われている。市販されている機械をベースにHRCが独自にカスタマイズしており、ドライバーに来るGやマシンの特性などを実車でのデータと寸分変わらず収集できるとのことで、HRCの関わるパーツのほとんどはこのシミュレーターを介して現場で使用されるとのこと。

 ゲームのような見た目ではあるが、最強のレーシングカーを作る上でなくてはならない存在なのだ。ちなみに、一部市販車の開発にも活用されており、最近ではシビックタイプRが同施設で実験されていたとのこと。データさえあれば極端な話、どんなクルマでもテストできるというので、無限の可能性を持つシステムなのだ。

 と、さまざまな施設を見学している道中に、ホンダF1の第1期で活躍したRA300を発見! HRCでは、ホンダF1栄光の第1期、第2期のマシンを動態保存するプロジェクトも行われており、RA272が現在OHを受けていた。

 ツインリンクもてぎ内にあるホンダコレクションホールで展示されているマシンそのもので、各部パーツの点検や消耗品類の交換、先述した最先端のX線検査などを通して再度サーキットで風を切れるよう手を入れているとのこと。なんともロマン溢れる活動だ。

 そのほかにも、名門「チーム国光」で長年活躍したレイブリックカラーのNSXやF1のエンジンなども展示されていた。たとえるなら、小さなホンダコレクションホールがやってきたというような印象だ。

 そんな名車たちを眺めたあと、施設内を移動してやってきたのは別の建物。ここもまたまた凄い空間なのだ。レーシングカーのキモとなる「エアロ」などを開発する「風洞実験室」だ。そう、建物丸ごとが風洞実験専用の設備となっている。入ったらスーパーGTで活躍中のNSX GTがスタンバイしていた。ちなみにこれは、オープンジェットとも呼ばれているシステムだ。

 では、どのようにして実験しているのかというと、この空間でクルマを走らせることはどう考えても不可能なので、車体の下に設置されたベルトを介して仮想でスピードを出す。同時に、マシンの正面から速度に応じた空気を送り込み、実際の走行条件と同じ環境を作り出しているのだ。なお、コーナリング時を再現するために、左右に土台(ターンテーブル)ごと10度振ることも可能。この実験で得られるダウンフォースはなんと1.5トンほどなんだとか。

 と、ここまで説明した風洞実験施設自体はそう珍しいものではないのだが、HRCの施設はひと味違う。同施設では、世界最大級のムービングベルト(先述の車体下にあるベルト)を導入しており、これだけで時速200km/hと同じ空間を再現できるという。また、AWS(アダプティブウォールシステム)という仕組みも導入されており、こちらはなんと288km/hまでの領域を再現できるほか、同一施設内で切り替えできるのは世界初なのだとか。スタッフによると、288km/h付近の領域になると理論上では天井を走れるらしい。

 風洞実験では、CFD解析というシステムを同時に使用することによって「空気の可視化」もできるので、実物でもバーチャルでもさまざまなテストが効率よくできるという。これにより、レースの世界では欠かせない空力を徹底的に煮詰めることができるのだ。

 ちなみに、この施設内で空気を起こしているのはカーボン製のプロペラが装備された巨大扇風機のようなこの機械。最近放映されていたホンダのCMに映っていたことから知っている人も多いのではないだろうか(ちなみにCMに登場した設備はホンダの別施設とのこと)。このプロペラの直径は8mにも及ぶ。

 と、大食いタレントも満腹になるほどのボリューム満点な見学をさせて頂き、脳内はもう「何から何まで凄すぎるぞHRC!」状態。しかしまだ終わらない。

 ではでは、最後のメインディッシュを紹介しよう。

 最後に見学したのは「エンジンベンチ」。同施設では「RVベンチ(Real Vehicle Bench)」と呼ぶ。ご存じの方も多いと思うが、ここでは組み立てたエンジンを実際の本番環境と同等の負荷を与えてエンジン性能を試せるという大掛かりな実験設備。F1マシンをサーキットを貸し切って走らせずともここでデータが取れるわけだ。先述したエンジン組み立て室で組まれたエンジンも、ここを通して現場に送り込まれる。組んで即全開はご法度なので、ここでラッピングと呼ばれる工程を通すわけだ。

 ここでは、ただエンジンをぶんまわすのではなく、各サーキットでのデータやドライバーの走行データ、用意されている複数のセッティングなどをすべてシミュレーション可能。つまり、ファンの間ではお馴染みのモナコのコースを想定した負荷なんかも与えられるのだ。また、現地の気温や湿度もこの部屋のなかで再現可能となっているとのこと。気圧に関してはより大掛かりな設備が必要なので、そこまで費用が割けないチームもあることから、公平を期すためにF1のレギュレーションでは触ることが禁止となってるそう。

 ベンチでまわすエンジンには、もちろんトランスミッションもついているので、スタート時のローンチ環境もここでセッティングを取ることが可能。ここで得たデータを現場で共有したり今後の開発に生かしたりということになるわけだ。なお、防音などが徹底された専用の部屋なので裸のエンジンを全開でまわしていても意外と音は静か。部屋から見ている分には「あ、エンジンが動いてるなぁ」程度だ。ちなみに、2日に1回のペースでデータを取るようで結構忙しいと現場の声。

 このシステムはレッドブル・レーシングとも共同で開発しており、より実車に近い負荷を与えた環境が試せるんだとか。ちなみに、この施設は「レース前最後の砦」と案内された。確かに壮大すぎる設備なのだが、「最後の砦」などと言われるともっと凄そうに感じるのは自分だけだろうか!?

 せっかくなので、この日動かされていたエンジンについてスタッフに聞いてみたところ、「わからない!笑」とのことで、正体不明の謎エンジンがまわされていた。わかるのは第4期のホンダF1で使っていたどれかということだけ。気になるぞ……。

 と、見学会はここで全行程が終了。トップシークレットばかりのとんでもない施設をぐるっと見学した1日となった。

 今年からまったく新しい体制となって生まれ変わったHRC。2輪レースの最高峰であるMotoGPに出場している側からすれば、F1から学ぶことは非常に多く、4輪側はその逆の現象が社内で起きているとのことで、技術開発の現場からしたら、お互いに新しい刺激があり非常にいい環境になったという。2025年以降のF1サポートは未定だが、どういう流れになってもこの施設を有効活用して、HRCの技術を来たるカーボンニュートラル社会に求められている「カーボンニュートラル燃料」や「バイオ燃料」、「高度なチタン技術」などを代表としたレース技術を、市販車へフィードバックしたいというのがHRCの考えだという。

 ホンダの創業者である本田宗一郎が残した名言のひとつに、「レースは走る実験室」という文句があるが、HRCは見事にそれを体現した日本が誇るべき企業のひとつだと、今回の見学を通して確信した。

 昨年、文字どおり「世界一」となったホンダとHRCは、「世界一の誇り」を持って世界と日本の自動車産業を支えていくトップを走る企業となっていくことだろう。


WEB CARTOP 井上悠大 INOUE YUTAI

編集者

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