いま人気爆上がりの「デリ丸。」の名は公募で決定! じつは「超有名車」にも公募で「車名」が決まったクルマが多数あった!! (2/2ページ)

覚えやすい名前のおかげで民衆の脳裏に色濃く残った

トヨタ・パブリカ

 現在のヤリスの源流となるのが1961年に登場したパブリカだ。当時の「国民車構想」に影響を受け、大衆車として開発されたパブリカは、シンプルな構造ではあったものの、軽量なフルモノコックボディや空冷式の水平対向2気筒エンジン(700cc)を搭載し、コンパクトなボディながら大人4人が乗ることができる室内空間などを有していた。

 この車名は、当時としては超高額と言える100万円を採用者への賞金として公募を開始。100万通を超える応募のなかから、大衆車を意味する「Public Car」を語源とする造語の「パブリカ」に決定したというワケだ。

 そんなパブリカは1969年に2代目へとフルモデルチェンジ。1973年には上級車種として「パブリカ・スターレット」が登場し、その後はスターレット、ヴィッツ、ヤリスとトヨタのコンパクトカーとして存在し続けており、現行型のヤリスの車両型式に含まれる「P」の文字は、初代から脈々と受け継がれているパブリカの系譜を意味している。

日産マーチ

 こちらも残念ながら現在はラインアップから消えてしまった、日産のコンパクトカーであるマーチ。長らく日産のラインアップのボトムラインを担ってきたこの車両も一般公募で名前が付けられたモデルだ。

 発売1年前の東京モーターショーに「NX-018」という車名で参考出品され、長きにわたってティザーキャンペーンがなされた同車の車名は一般公募のなかからマーチという名前に決定したのだが、じつはこの車名、応募総数が多かったものから選ばれたというワケではなく、応募数だけで言えば164位というものだった。

 とはいえ、イメージキャラクターには”マッチ”の愛称でも知られる近藤真彦氏が務め、「マッチのマーチ」という語呂の良いキャッチコピーも功を奏して大ヒット車種となり、同氏も1984年に富士フレッシュマンレースにマーチで参戦してからモータースポーツ活動をスタートし、現在もモータースポーツ界に多大な貢献をしているのはご存じのとおりだ。


小鮒康一 KOBUNA KOICHI

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愛車
日産リーフ(2代目)/ユーノス ロードスター/マツダ・ロードスター(2代目) /ホンダS660/ホンダ・オデッセイ(初代)/ 日産パルサー(初代)
趣味
長距離ドライブ
好きな有名人
ザ・リーサルウェポンズ

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