最高時速900km/hを超えたクルマがオークションに出品! その価格なんと約2億円 (2/2ページ)

レコードの塗り替え合戦が始まる

 しかし、すかさず10月5日にトム・グリーン、そして同7日にはアート・アルフォンス(いずれもジェットエンジン搭載車)によりブリードラブの記録は破られてしまいました。ここで彼の魂に火がついたのか、10月13日には記録を500mph(約800km/h)、10月15日には526.277mph(約846.961 km/h)と立て続けに記録を更新していったのです。

 やがて、1965年になると今回ご紹介するスピリット・オブ・アメリカ1がグッドイヤーのスポンサーシップにより完成。初代との主な違いはタイヤが4輪になったことと、搭載エンジンがF-4ファントム2で使用されたGE J79ターボジェットにアップグレードされたこと。

 4輪車になったとはいえ、ボディは初代に比べてより航空機に近づいているのが見て取れるかと。グッドイヤーは鍛造アルミホイール用の特別なタイヤに加え、ディスクブレーキも提供。これにはドラッグシュート(車体後部から展開するパラシュート)による制動力に不安を感じていたブリードラブもホッと胸をなでおろしたとか。

 同年11月2日、ブリードラブはソニック1を運転してボンネビルで記録破りの555.485mphを記録しましたが、これは1週間も経たないうちにアート・アルフォンスのグリーンモンスターに敗北。すると闘魂の男、ブリードラブは11月15日、彼のマシンを600.601mph(約966.574km/h)までドライブし、時速600マイルのしきい値を超えた世界で最初の男になったのです。

 また、この際に体重が軽いから有利かもしれない、ということで、ブリードラブは妻のリーに挑戦させるという暴挙(笑)にでたものの、残念ながら308.506mphで更新ならず。それでも、リー・ブリードラブは正式に地上最速の女性として記録されたといいますから、これはこれで正しい選択だったのかもしれません。

 前述のとおり、時速600マイルの壁はその後1970年まで破られることはなく、実車はインディアナポリスモータースピードウェイ博物館に寄贈されました。時折、デイトナ・インターナショナル・スピードウェイや、1995年にはカリフォルニア州ロサンゼルスにオープンしたばかりのピーターセン自動車博物館でも展示されるなど、アメリカ人にとっての夢や挑戦するスピリットそのもののアイコンとして長く愛されつづけたといいます。

 そんなレジェンドマシンが、どういうわけでオークションに出品されたのかは明らかにされていませんが、132万5000ドルという落札価格は妥当なものかと。なにしろ、メンテナンスして走れるようにしようとも、ソルトレイクくらいしか走れるところもありませんからね。ここは、やっぱりアメリカの魂を見せつけるマシンとして飾っておくのが最適かと。とはいえ、ホワイトハウスの軒先とかいうのは勘弁してほしいですけどね(笑)。


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石橋 寛 ISHIBASHI HIROSHI

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