あの名車テスタロッサが復活……ってじつは2度目だって知らなきゃニワカ! テスタロッサの名前は1950年代から存在していた (2/2ページ)

レースモデルの象徴的車名として受け継がれる

 スポーツカーレースで大活躍を見せた500TRだが、それは1958年から排気量上限が3000ccへと変更する決定が下されたことで、その役目を終えることになる。ここで新たにフェラーリが選択したのは、もちろん3000ccの排気量をもつ伝統のV型12気筒エンジンを搭載するスポーツカーを新開発することで、1957年の11月にはその第1号車(プロトタイプ)が完成している。

 注目のV型12気筒エンジンは、ストックでは300馬力の最高出力を発揮し、これもまたシリンダーヘッドが赤く塗装されていた。したがって、車名は気筒あたりの排気量である250ccと、テスタロッサを意味するTRを組み合わせた「250TR」。

 250TRは1957年と1958年の両年に生産されているが、さらに1959年には「TR59」が、翌1960年には「TR60」が、また1961年には「TR61」も誕生。最終的には1962年に「330TRI/LM」を派生し、合計で34台が製作された。

 この一連の250TRシリーズもまた、当時マニファクチャラーズチャンピオンシップがかかっていたスポーツカーレースで快進撃を続ける。だが、それから20年ほどの時間、フェラーリはテスタロッサ=TRの名を封印してしまうのだ。それが復活を遂げたのは、最初に触れた1984年のこと。まだ記憶に新しい12気筒ミッドシップ・スーパースポーツ、テスタロッサについては、また次回に詳しくそれを紹介することにしよう。


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山崎元裕 YAMAZAKI MOTOHIRO

AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員 /WCOTY(世界カーオブザイヤー)選考委員/ボッシュ・CDR(クラッシュ・データー・リトリーバル)

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