レースで大暴れした伝説のカラー
このカラーリングの歴史はじつに古く、レースへの初出場は1992年のJTC ディビジョン3クラスに出走していた4代目シビックSiR(EF9・通称:グランドシビック)であった。ちなみにこのEF9で出場したのはこの年で最後(Rd.1~Rd.6まで)。”違いがわかる男”でお馴染みの、由良拓也氏率いるムーンクラフトから出走していた。ドライバーは服部尚貴&金石勝智であった。
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その年のRd.7.8は当時新型であった5代目シビックSiR(EG6)にスイッチしており、JTC開催最終年になる翌93年には同カラーのEG6でシリーズチャンピオンを、服部尚貴&金石勝智コンビが獲得している。
その後、ホンダの暗黒期とも呼べる1994年からのJTCCにも、この伝説的なカラーリングが受け継がれた。しかし、JTCのシビック7連覇とは打って変わって、JTCCに出走したシビック(正確には4ドアセダンのシビックフェリオ)は、初年度の1994年は全18レース中、優勝ゼロ(表彰台4回)。翌95年も全16レースで優勝ゼロ(表彰台3回)と、2年間の34レースで優勝が1回もなかった。当時のホンダからしてみれば、大敗なんてもんじゃなかったはず。
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その後、JTCCで大暴れし、強すぎるあまり他メーカーの熱が冷めてレースそのものが終わったとの都市伝説まで残されている、最強のアコードにスイッチするわけだが、そのアコードのなかでも、最強だったマシンが、この「JACCSカラー」をまとった車両だったのだ。ちなみにこのアコード、シビックフェリオでの大敗が相当悔しかったのか、他メーカーが引くくらいの、尋常じゃない開発費用を投入して作られた正真正銘の怪物だったそう(のちに色々物議を呼んだ)。
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会場に展示されていた「シビックe:HEV RSプロトタイプ」は、まさにこの伝説的なカラーそのものをまとっており、当時の車両を知る人から、ネオクラシックカー好きまで、まじまじと見ていたのが印象的であった。もちろん筆者もそのうちのひとり。
リヤドアの窓に「かきぬま」と、シビックタイプRの開発責任者を務める柿沼秀樹氏の名前が貼られているのもユニークだ(当時のアコードにはドライバーの服部尚貴の名字である『はっとり』と貼られていた)。ちなみに左側には「かっきー」と貼られていた。
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なお、ムーンクラフトで指揮をとっていた由良拓也氏はSNS上で、「2025年末にホンダ広報部からJACCSカラーを使わせてほしいと問い合わせがあったんですが、これが答えだったんですね!」と投稿。本人も詳細は知らなかったそうだ。
この伝説の「JACCSカラー」、「シビックe:HEV RSプロトタイプ」を市販化した際にオプションで用意してみたら……ホンダらしくて面白いと思うのは筆者だけだろうか? え、ありえない?
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