のちに生まれる名車の祖となったケースも
ポルシェ914は、世間では「ワーゲン・ポルシェ」などと呼ばれた。
1964年にポルシェ911は発売されていたが、それより身近に手にできるスポーツカーとして、914は構想された。構成する部品はフォルクスワーゲン(VW)・タイプ1(通称ビートル)と共通するところがあった。そして、製造はVWで行われたのである。
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それでも、単に安価なポルシェのスポーツカーという価値だけではなく、外観は911とまったく異なるうえ、911が356から継承したリヤエンジン・リヤドライブ(RR)ではなく、914は後輪駆動ながらエンジンをミッドシップに搭載した。
手ごろさだけでなく、914を選ぶ理由をもたらしていた。この発想は、のちのボクスターでも活かされる。スポーツカーと一言でいっても、価値が多様であることをポルシェは示している。
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ポルシェのかかわりでは、メルセデス・ベンツ500Eがポルシェで製造されていた。今日では、メルセデス・ベンツEクラスと呼ばれる、その初代は、W124の型式名で呼ばれるほど人気を得た。
メルセデス・ベンツといえば上級のSクラスが主体と考えられがちだが、台数の点で量を稼げるのはEクラスだ。たとえばカンパニーカーとしてはもちろん、ドイツへ行けばタクシーのほとんどがEクラスという位置づけであった。
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そのなかで、500Eは、V型8気筒エンジンを搭載し、その馬力にこたえるようにフェンダーを張り出し幅の広いタイヤを装着できるようにした。
メルセデス・ベンツにとって米国も本国に加え重要な市場であり、SLの人気が高かった。そうした高性能なセダンが欲しいとの米国消費者の声が、500Eの構想につながったとも伝えられる。
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実現するに際し、メルセデス・ベンツの工場は通常のEクラス製造で手一杯であり、高性能車に長けたポルシェに依頼したといわれる。今日では、メルセデス・ベンツの高性能車はAMGとして知られるが、当時のAMGは、まだメルセデス・ベンツ傘下ではなかった。
製造にあたっては、両社がともにシュツットガルトを拠点とする地の利もあった。車体はメルセデス・ベンツからポルシェへ送り、そこで製造した500Eを再びメルセデス・ベンツに戻して塗装し、仕上げたとされる。
両社にとって、ウイン・ウインの事業になった。