この記事をまとめると
■最近の北京モーターショーはエレクトロニクスショーのようになっている
■中国の自動車市場はバブル期の日本のころのような雰囲気に包まれている
■バブル期を知る人が業界から減りつつあり世代交代が始まりつつある
中国の自動車市場はまるでバブル期の日本
先日、北京モーターショー(第19回北京国際汽車展覧会)の会場を取材のため訪れた。BEV(バッテリー電気自動車)や、電子プラットフォームなどの展示が目立ち、同じように会場を訪れていた日本人からは自動車ショーには違いないが、エレクトロニクスショー的色合いが目立つといった声も聞かれた。中国経済の不振に関する報道が目立ち、新車販売もNEV(新エネルギー車/新能源車)へのインセンティブ縮小などで苦戦を強いられていると報じられているのだが、会場内を見渡すとその割には活況を呈していたように見えた。
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そんな北京で若手メディア関係者(以下若手/日本人)と話をする機会があった。その席上で若手から中国の新車市場に関してどう思うか聞かれた。そこで中国メーカーのラインアップをみると、日本では新車販売が絶好調(頂点を迎えていた)だったバブル経済のころと、バブル経済が崩壊したあとの10年ぐらいの日本メーカーの熱気に似たものを感じていると答えると、「えっ、日本メーカーにもそのような時代があったのですか?」と真顔で聞かれて少々驚いてしまった。
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若手といえどもメディア人として活躍しているのだろうから、歴史的事実としてはバブル経済のころの日本国内だけではなく、世界市場での日本車の盛り上がりというものは認知していると思っていたが、筆者のようにリアルタイムでその事実を見ているわけではないので、肌感覚というものはないのも当然といえば当然か。しかし年の功ではないが、バブル経済のころに青春時代を迎えていたクルマが大好きな筆者は、当時の日本車が貪欲に新しいものにチャレンジして、実際に市販していた熱気を肌感覚でも覚えているので、中国の街なかやショー会場を訪れると、「自分が若いころの日本みたいだ」と、肌で感じることができるのである。
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筆者が初めて中国を訪れたのは2005年春のことであった。訪れた時期は、時の内閣総理大臣であった小泉純一郎氏が靖国神社を公式訪問したことへの抗議として、中国各地でいわゆる反日デモが発生した直後であった。しかも、そのデモを象徴するかのような総領事館への投石などが行われた上海であった。
当時の上海市内は思っていた以上にすでにクルマが街に溢れていたのだが、その多くは欧米や日本などの外資系ブランド車両であった。中国系メーカーももちろん存在していたが、当時少なくとも上海では「恥ずかしくて乗りたくない(新車がいまよりはるかに高嶺の花だったので、富裕層しかクルマが買えないということもあった)」存在であった。当時母親に上海の街の様子を伝えると、「昭和30年代の日本みたい(筆者はまだ生まれていない)」と語ってくれたのを覚えている。
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それから20年ほどが経過した。上海や北京を走るのはBEVを中心とした中国系メーカー車ばかりとなり、外資系ブランド車は嗜好性の高い乗り物のようになっている状況は、市場規模こそまったく異なるものの、今の日本における日本車と輸入車の関係に似ているように感じる。いまでは、2005年当時は乗るのが恥ずかしかった中国系ブランド車も、好んで選ばれているように見える。もちろん20年の間で中国車の性能や質感はめざましく向上した。さらにBEVでは世界をリードする存在にもなっている。