34年間の競技人生のなかでも忘れられない3勝
まず、山野選手が選出したのが、1993年に名阪スポーツランドで開催された第6戦の「コカコーラCUPパワースラローム」だ。当時、山野選手はホンダ・シビック(EG6)でA2クラスに参戦していたのだが、「前年にCR-Xでチャンピオンを獲得していたので、この年からEG6に乗り換えたんですけど、シーズン前半はずっと勝てなかったんですよね。そのため、毎回のように違う足まわりにしてみたり、デフを変えてみたり、ホイールを変えてみたり、タイヤサイズを変えてみたりと試行錯誤をしていました」と山野選手は語る。
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ブレイクスルーを果たしたのが名阪ラウンドで、「後半に少しずつよくなって来たなか、ようやく初優勝できたので嬉しかった。同時にできることを全部やって形になったので努力の成果があったな……と感じました。当時、僕はまだ26歳ぐらいだったと思うんですけど、誰もEG6でチャレンジしていなかったので、イチからクルマを作り出していかなければならなかった。名阪で勝てたことで、やればできるという自信をもつことができました。その後、EG6は全国的にジムカーナで活躍する常勝モデルになっていきましたが、その先駆者として苦労したことがよい経験になりました」とのことである。
続いて山野選手が挙げた印象深い勝利が、1996年に浅間台スポーツランドで開催された第7戦の「ジムカーナin関東」だった。同年の全日本ジムカーナ選手権に山野選手はホンダ・シビック(EK4)でA2クラスにエントリー。見事、チャンピオンを獲得していたのだが、この浅間台ラウンドにはホンダ・インテグラ(DC2)でA3クラスに参戦していた。
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「1996年はスポンサーの関係によりEK4を投入していたんですけど、最終戦を待たずしてA2クラスのチャンピオンになることができたんですよね。それで1戦だけDC2でA3クラスに参戦してみようということで、いわば殴り込みに行きました。当時、A3クラスのチャンピオンはMR-2(SW20)に乗っていた天満清選手でしたが、DC2の仕上がりがよくて勝つことができました。天満選手からしてみれば嫌なヤツですよね(笑)」とのことで、A3クラスにスポット参戦を果たしたこの浅間台ラウンドも山野選手にとって印象深い1戦となったのである。
そして、記憶に残る勝利として、山野選手が最後に選出したのが、2021年にエビスサーキットで開催された第2戦「オール・ジャパン・ジムカーナinエビス」である。当時、山野選手はアバルト124スパイダーでJG7クラスにエントリー。この1戦を選んだ理由について山野選手は「このころ、同じアバルト124スパイダーに乗っていた小俣洋平選手といつも激しいタイム争いを展開していました。それこそ、毎回どちらが勝つかわからないという展開だったんですけど、とくにあの1戦はバチバチのバトルでした」と語る。
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事実、この山野選手VS小俣選手のトップ争いは近年に例のない僅差の争いで、最終的に0.003秒差で山野選手が勝利を飾った。
「あれだけ激しいバトルを繰り広げたシーズンはほかになかったし、エビス戦は1000分の1秒単位という人間では測れない僅差の勝負だったので印象に残っています」とのことで、山野選手にとって思い出に残る1戦となっている。
以上、山野選手に“ベスト3勝”を挙げてもらったが、150勝を達成した山野選手は次の大台、200勝を目指すのか?
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「行けるなら行きたいですけど、すごい時間はかかると思うんですよね。もちろん、勝てるクルマに乗って、ずっと同じクラスを走り続ければ、次の記録も達成しやすいけれど、常に新しいことにチャレンジしたいし、自分のコンセプトとしてディーラーで売っている現行モデルにこだわってやっているので、やがてクルマを変えざるをえないときも出てくると思います。車種によってはなかなか優勝できないモデルもあると思いますが、僕に期待して応援してくれる人がいる間は、いまのスタイルで頑張りたいと思います」と山野選手は語っているだけに、レジェンドの挑戦はまだまだ続くことになるだろう。