よくよく調べてみると決して高くはない……? 前述したとおり、ビートルは年式やコンディション、オリジナル度、ボディ形状などによって価格が大きく変わる。良好な状態に仕上げられた個体や初期型などでは、数万ドル以上で取引される例もあり、実際、2024年にRMサザビーズで落札された1967年式は、エンジンを1600cc仕様にアップグレードした良好な個体で、落札価格は4万7040ドルだった。
4万7040ドルで落札された1967フォルクスワーゲン・ビートル 画像はこちら
さらに注目したいのが、同じエスパルサ=プリエトが手がけた別の鉄細工ビートル、1970年式「Casa Linda Lace」は、2019年にRMサザビーズのオークションで、7万8400ドルで落札されている。こちらは約2600もの花模様の装飾が手作業で施され、長年レストランの前に展示されていたことでも有名な固体だそうな。
7万8400ドルで落札された1970フォルクスワーゲン・ビートル「Casa Linda Lace」 画像はこちら
これら実績を踏まえると、今回の5万8800ドルは、同じ作家の作品としてはむしろ控えめな価格ともいえる。もちろん、個体ごとに意匠や保存状態、来歴が異なるため単純な比較はできないが、少なくとも「ビートルに900万円以上も支払った」と驚くだけでは、この価格の意味を見誤ることになりそうだ。
今回、落札価格を押し上げた要因はいくつかあった。まずは、作家本人が手がけた現存確認23台という希少性。同じような鉄細工を施したクルマがほかに存在しても、エスパルサ=プリエトの作品であることに価値がある。
1970フォルクスワーゲン・ビートル“Wrought Iron” by ラファエル・エスパルサ=プリエトの真正面フロントスタイリング 画像はこちら
次に、見逃せないが車両の来歴。今回の個体は、かつて著名なカリフォルニアのフォルクスワーゲン販売店経営者、ヴァセク・ポラックが所有していたとされ、その後にクラシックVW用部品メーカーであるウエストコースト・メトリックの創業者ロレンゾ・ピアソンが取得し、コレクションの一部として保管・展示されてきたという。誰がどのような目的で所有してきたのかが明確であることは、コレクター向けオークションでは重要な評価材料となる。
そして3つ目のポイントが、実際に走行できることだ。鉄細工をまとった展示物でありながら、今回のモデルは1970年式ビートルのシャシーをベースにそのままエンジンも搭載している走行可能な車両である。パレードや結婚式で使うこともできるし、イベントなどに乗っていけば、人々の注目を集める存在にもなることだろう。
1970フォルクスワーゲン・ビートル“Wrought Iron” by ラファエル・エスパルサ=プリエトのエンジン 画像はこちら
このビートルは、一般的なビートルと同じ感覚で購入を検討できるクルマではない。それでも、希少な自動車を集めるコレクターにとっては、作家の知名度、製作台数、歴史的背景、そして唯一無二の存在感は完璧。900万円超という落札価格は、ビートルそのものの相場から考えれば高いが、希少な工芸作品としての価値や過去の落札実績まで含めれば、決して不自然な金額とはいえないようだ。大衆車の代名詞だったビートルが、芸術作品として別次元の価値を獲得した好例といえそうだ。