惨敗で痛感したセッティングの重要性
ところが、意気揚々と臨んだ次のレースで冨林は惨敗を喫する。「優勝したときと違い、路面温度が極端に低く、タイヤのグリップダウンに対応できなかったのが敗因」。バーチャルとリアルの違いを痛感させられたと言う。
そして、このタイミングでの株式会社ゼンカイレーシングの林 寛樹CEOとの出会いが、のちの冨林の人生を大きく変えることになる。ゼンカイレーシングはレーシングシミュレータの開発・販売をメインに、バーチャル/リアルレースへの参戦、eスポーツチームの運営を行う企業だ。
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「冨林にはグランツーリスモの世界チャンピオンになったときから注目していました。センスも大事ですが、バーチャルで速ければ、リアルでも速い。しかし、彼には速く走らせるセッティングの知識がなかった(林CEO)」
そこから冨林は、細部まで調整可能な同社のシミュレータで徹底的にドライビングスキルを磨くとともに、セッティング能力を高め、現在ではSUPER GT(300クラス)などで活躍するプロレーサーに至っているのは周知のとおりだ。
「シミュレータではさまざまなクルマを、あらゆるシチュエーションでリアル同等に体験できるのが最大のメリット。いまはどんなマシンでも乗りこなせる自信があります。また、セッティングについても、バーチャルの段階でデータベースをつくれるので、実際の車両でイチから行うよりはるかに効率的に進められます」
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「それにしても……ゼンカイレーシングと高精度なシミュレータとの出会いがなかったら、いまのボクは、きっといなかったと思います」と冨林はしみじみ振り返る。
実車さながらの運転感覚で公道も走れる
では、TV画面を介して楽しむ一般的なシミュレータと、プロレーサー仕様のシミュレータとではどれほどの差異があるのか?
取材に協力いただいたゼンカイレーシングにお邪魔した。今回のファクトリーに設置されていたシミュレータは2タイプ。いずれもモニターとコクピットで構成されていて、一見するとゲームセンターのそれのようだが、よく見ると何もかもが別物。
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ちなみに、価格は固定式で300万円、”4・1軸”と呼ばれる、車両の挙動が筐体の前後上下方向の動きに反映されるタイプで600万円ほどだと言う。驚くのは、実際に操作するステアリンやペダルの動き。操舵力やペダル踏力、あるいはABS作動時の足裏に伝わるキックバックなども実車同等に再現され、パソコン操作でセッティングも自在に変えられる。さらに、さまざまな車種が選べるうえ、気温や気圧、天候、路面状態などに応じて車両の反応も忠実に変化する。
シチュエーションもまた、サーキットだけでなく、首都高速や一般道、ワインディングなどを選べ、ほかの車両も走っている状況でスムースに走らせるためには、実際の公道と同様に正確な判断力や注意力なども求められる。この手のシミュレータでは、ひたすらアクセル全開! 必死に速さを競うことばかりに意識が向きがちだが、そうした使い方だけでなくてもいいはずだ。
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個人レベルでは難しいかもしれないが、今後、たとえば、実車を走らせるリスクやコストを減らしながら、安全運転のレクチャーに応用したり、ディーラーなどの新車試乗用として活用するなどの可能性・将来性も……。マジメにそんなことまで想像してしまうほどリアルな運転感覚には、ただ驚くばかりだった。
F1での勝敗を左右するシミュレータのデキ
F1に話を戻そう。さて、前項でも触れたが、そのシミュレータはドライバーの腕を高めるだけのものではなくなりつつある。F1チームをはじめ、レースチームやメーカーなども、工場にシミュレータを持っている。この本格的なシミュレータは、油圧によって自由自在に動き、実車同様のGを感じられる。非常に高価で、数億円するものもあると聞く。
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いまやこのシミュレータのデキが、レースの勝敗を左右すると言っても過言ではない。もちろん、ドライバーがコースを覚えたりする際にも使われるが、最近よく耳にするのは、マシンのセッティングに活かすというものだ。
じつはF1では、グランプリ初日の走行データをファクトリーに送り、それをシミュレータで検証するという作業が毎戦行われている。これにより、初日にセッティングで苦労したとしても2日目以降は改善できたという事例も多々見られる。
シミュレータには実際のレーシングドライバーが乗り込む。スーパーフォーミュラに参戦中の岩佐歩夢は”レーシングブルズ”というF1チームのシミュレータドライバーも担当。その岩佐は、フリー走行やテストで実際のマシンを走らせたが、これはシミュレータと実車の差を見極めるためという意味合いも含んでいる。岩佐という、いわば”センサー”を介し、実車の動きと合わせることで、シミュレータの精度を高めるのだ。
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昨今では、新型マシンを開発するうえでもシミュレータが多用される。そして、そのデキの良し悪しが、シーズンの成績を大きく左右するのだ。
※本記事は雑誌「CARトップ2025年3月号」の記事を再構成して掲載しています