「世界一のエンジンメーカー」の異名も。車体もロボットも飛行機も作るホンダなのになぜ「エンジン屋」と呼ばれるのか (1/2ページ)

この記事をまとめると

■ホンダは補助エンジンから始まりCVCCやVTECなど数々の名機を開発

■F1ではエンジンサプライヤーとして通算89勝を記録した

■高性能エンジンの歴史がエンジンのホンダという評価を確立している

世界に誇る「エンジン屋」

 ホンダは昔から「エンジンのホンダ」と呼ばれてきた。2021年に三部社長が「脱エンジン」を掲げたときも、その後、電動化戦略が躓いたときも、「ホンダはエンジン屋なのに……」という声が大きかった。ではなぜホンダは「エンジンのホンダ」なのか。

「Powered by Honda」といったキャッチや、「The Power of Dreams」(夢の力)を会社のグローバルブランドスローガンに掲げているぐらいなので、パワー≒エンジンに強いこだわりがあることはよくわかる。
歴史的に見ても、そもそも1946年9月に設立された「株式会社本田技術研究所」の最初の製品は、「バタバタ」の愛称で呼ばれた自転車用補助エンジンだ。

 そして1950年代に入ると、他社に先駆けオートバイ用エンジンを2サイクルから4サイクルに転換。レースでも単気筒や2気筒のエンジンしかない時代に、4気筒DOHC24バルブの腕時計のような精巧なマルチ・エンジンを開発。今から65年前の1961年に、250ccで1万4000回転を許容したエンジンは、当時の世界最高峰レース、マン島TTを制し、世界をあっと驚かせた。

 また1963年に発売されたホンダ初の四輪車、S500とT360にも、レースエンジンの流れをくむDOHCエンジンを搭載。スポーツカーのS500は8000回転も回ったし、軽トラックのT360にも、S500の500ccのエンジンをシリンダー容積だけ小さくしたDOHC360ccをミッドシップにマウント。T360の発売はS500よりも2カ月早かったので、T360は軽トラながら国産車初のDOHC搭載車となった。

 そして1972年に当時世界一厳しいとされた米国の排ガス規制(マスキー法)を世界で初めてクリアしたのも、ホンダのCVCCエンジンだった。さらに、ホンダ独自の可変バルブタイミング・リフト機構で、実用車の扱いやすさと、スポーツカーのパワフルさを一基のエンジンで両立させたVTECを実用化させたのもホンダだ。


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藤田竜太 FUJITA RYUTA

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