黎明期の国産ラリーカーpart.2(1960年代-70年代序盤)

黎明期の国産ラリーカーpart.2(1960年代-70年代序盤)

サザンクロスに加えてサファリ挑戦も大きなテーマに

 1960年代から70年代にかけて、多くの国産車が海外ラリーにチャレンジするようになった。その舞台と言えば前回紹介したオーストラリア大陸を駆けまわるサザンクロスラリーと、その前身となったオーストラリア大陸を一周するモービル・ガス・トライアルがその嚆矢(こうし)とされているが、それと並んで当時から、各メーカーが積極的にチャレンジを続けていたのがサファリラリー。その第1回開催は53年。前年にエリザベス2世が即位したことを記念して、当時はまだイギリスに支配されていた南アフリカ連邦……現在の南アフリカ共和国で開催されていた。63年には国内メーカーとしては日産が初挑戦を開始しているから、イベント自体の歴史も日本からの挑戦の歴史も、ともにサザンクロスラリーと並ぶクラシックイベント。またサファリラリーは、モンテカルロラリー、RACラリーとともに世界三大ラリーとされ、21世紀初頭までWRCのシリーズ戦として開催されていた。

1966?Datsun Bluebird 1300 SS Type P411 the 14th East African Safari Rally Class-winner

410の活躍で『栄光への5000キロ』が公開されサファリラリーの認知度も高まった

 国内自動車メーカーの先陣を切る格好で、1963年からサファリラリーへの挑戦を始めていた日産は、66年にクラス優勝の栄誉を手に入れることになる。当時の主戦マシンはブルーバードで、シリーズ2代目となる410系。この世代から登場していたスポーツモデル、1300SSが投入されている。1966_Nissan Datsun Bluebird 1300 SS Type P411 the 14th East African Safari Rally Class-winnerWEB CARTOPこの63年のサファリラリーへの参戦記が、『栄光への5000キロ?東アフリカ・サファリラリー優勝記録』の名で書籍化され大ヒット。『栄光への5000キロ』のタイトルで映画化され、サファリラリーも一気に知名度が高まった。残念ながら撮影車に使われたのは410型の1300SSではなく、後継の510型1600SSSだった。写真のブルーバード1300SSは、1966年の第14回東アフリカ・サファリラリーで1300ccクラスを制した個体で、座間の日産ヘリテージコレクションにて撮影。1966_Nissan Datsun Bluebird 1300 SS Type P411 the 14th East African Safari Rally Class-winnerWEB CARTOP1970 Datsun Bluebird 1600 SSS Type P510 the 18th East African Safari Rally Overall-winner

サファリで総合優勝を飾った名車510

 サファリラリーに精力的に参戦し続けた日産は、1966年に410型のブルーバード1300SSでクラス優勝を飾った後、69年には後継モデル、510型のブルーバード1600SSSを投入し再びクラス優勝を飾っている。そして翌70年には見事、総合優勝を飾ることになった。1970_Nissan Datsun Bluebird 1600 SSS Type P510 the 18th East African Safari Rally Overall-winnerWEB CARTOPちなみにSSSとはスーパー・スポーツ・セダンの略で、先に紹介した1300のSSはスポーツ・セダンの略。当時は(今でも?)高性能=スポーツのイメージがあり、SSやSSSグレードは人気が高かった。また『栄光への5000キロ』では主演の石原裕次郎とともに510ブルーバードも主役を演じることになり、ブルーバードの人気も急上昇。写真のブルーバード1600SSSは、1970年に東アフリカ・サファリラリーで総合優勝を飾った個体そのもので、こちらも座間にある日産ヘリテージコレクションにて撮影。1970_Nissan Datsun Bluebird 1600 SSS Type P510 the 18th East African Safari Rally Overall-winnerWEB CARTOP1971 Datsun Fairlady 240Z Type HS30 the 19th East African Safari Rally Overall-winner

より高速化した71年サファリを制したZカー

 前年に続いて1971年もブルーバード1600SSSで闘い、サファリラリー2連覇を目指していた日産だったが、コースがよりハイスピードなものに変更されるに至って主戦マシンをブルーバードから、同じダットサンのブランドを持つスポーツカーのフェアレディZに変更した。1971_Nissan Datsun Fairlady 240Z Type HS30 the 19th East African Safari Rally Overall-winnerWEB CARTOPしかも高性能で知られたZ432ではなくよりトルクフルでタフなキャラクターを持った240Zが主戦マシンに選ばれたが、実はこの240Z、510型ブルーバードSSSとは浅からぬ関係があった。というのは、510が搭載していたエンジンは1.6リッター直4シングルカムのL16だったが、240に搭載されたのは2.4リッター直6シングルカムのL24で、これはL16 に2気筒追加したようなもの。実際に多くのパーツが供用されていた。やはり座間にある日産ヘリテージコレクションにて撮影した71年のサファリラリー優勝車。1971_Nissan Datsun Fairlady 240Z Type HS30 the 19th East African Safari Rally Overall-winnerWEB CARTOP

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