一切の妥協を許さないピュアスポーツカーを! 開発責任者の多田哲哉さんが新型トヨタ・スープラへ込めた思い (3/4ページ)

一見華やかなスポーツカー開発のほとんどは地道な作業の積み重ね

「スポーツカー開発の厳しい現場は、エンジニアを鍛える絶好の場でもあるんです」と語る多田さん。「ただし途切れてはダメ。続けることが大切なんです」

 トヨタとBMWの協業で進められた新型スープラの開発プロジェクト。トヨタでは、以前にも86/BRZをスバルと共同開発しているが、今回の協業はまったく違う性格のものとなった。開発責任者の多田さんは次のように語る。

「スポーツカーは大量に売れるクルマではありません。だからなるべく兄弟車で部品を共有して事業モデルを成立させる。86/BRZは、いわばそのお手本です。ですが、新型スープラはまるで違います。プラットフォームやパッケージなどの基本骨格は両者で議論して決定していますが、それ以降は、お互いの情報をほとんど交換することなく開発を進めており、部品の共用も非常に少ないんです」

 開発プロジェクトのスタートは2012年。だが、当初は開発車種が「スープラ」に限定されておらず、スポーツカーということさえ決まっていなかった。

「BMWと一緒にクルマを作ることができるのか。まずはそれを確かめてこいというのが、私への本社からの指示でした。ですが、私はこう考えたんです。BMWと言えば今や直列6気筒エンジンを作っている数少ないメーカーのひとつ。しかもスポーツカーメーカーじゃないですか。これはもう直6&FRというDNAを持つスープラを作れという意味だろうと。勝手に解釈して、自分のなかではその時点からスープラを作るぞって決め込んでいましたね」

 そんな意気込みで臨んだBMWとの第1回の会合。そこで多田さんは想像もしていなかった反応に直面する。

「ポルシェを超えるようなピュアスポーツカーを作りたい。そんな私の主張に対して、返ってきたのは、『なにを的外れなことを言ってるんだ』と言わんばかりの反応でした。BMWいわく、ウチはスポーツカーメーカーではない。ポルシェのようなスポーツカーを作るつもりもなければ、ラグジュアリーカーでメルセデス・ベンツと勝負するつもりもない。ウチの持ち味は、スポーツとラグジュアリーを最良にバランスさせたスポーティカーで、多くのユーザーが期待しているのもそうしたクルマなのだと。ポルシェみたいなクルマがよければ、ポルシェを買えばいいじゃないかと。あまりにもはっきりした物言いに、驚きを隠せませんでした」

 だからといってBMWがパートナーとして不適ということはない。スポーツカーに対する認識をのぞけば、印象もよかった。きっといいクルマが作れるはずだ。そう考えた多田さんは、トヨタ本社に対して「いいパートナーになれそうです」と返事をしたという。

 こうして始まった協業プロジェクト。当初の1年半ほどは、具体的なクルマづくり以前の、そもそもどんな契約内容にすべきかが議論の中心だった。

「いざ一緒にクルマを作ろうとすると、開発のプロセスから、評価の仕方、生産方法まで、まったくと言っていいほど違うことに気付くわけです。あまりの違いに、ちょっと途方にくれてしまうような心持ちになったことさえありました」

 そんな状況のチームに頼もしいメンバーが参加した。トヨタ紡織の後藤靖浩さんだ。同社にはBMWにシートを納入してきた実績があり、その経験で培った協業ノウハウがあった。多田さんは「後藤の参加がなければ、プロジェクトはさらに1年以上長くかかっていたはず」と語る。だが、そんな後藤さんにしても、今回のプロジェクトはひと筋縄ではいかないものだった。

「契約書を作るために、1年半の間、毎週のようにBMWに通って、開発プロセスなどの話を詰めていきました。ですが、なぜか話がかみ合わないんです。その理由は言葉の定義の違い。たとえば『ターゲット』という言葉は、トヨタでは理論上可能な、チャレンジを必要とする目標を指します。けれど彼らは『必達目標』という意味で使っている。だから、われわれの目標に対して、そう簡単に同意してくれません。ようやく言葉の捉え方の違いに気付き、ターゲットではなく、ワーキングターゲットと契約書に書くことでBMWとの合意を取り付けました。こうした問題が山のようにあったんです」(後藤さん)

 2016年からプロジェクトに参加した福本啓介さんも、言葉の壁に苦労したひとりだ。

「例えばナビゲーションシステムに表示される警告。BMWでは『正規ディーラーに行ってください』となりますが、トヨタでは『正規販売店に行ってください』と表示されます。こうした違いが膨大にあって、リストにすると1万行にもなるんです。それをひとつひとつ実車でチェックしなければなりません。スポーツカーづくりというと、テストコースを派手なスピードで走る姿を思い浮かべると思いますが、実際にはこうした地味な作業の連続なんです」


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