レーシングドライバーが語るこの先の市販EVの開発にはレースが不可欠な理由とは (2/2ページ)

レースで電動化技術を競うことで優れた市販車が生まれる

 自身も長くレース活動にドライバーとして関わってきたが、そのなかで常に疑問を感じていたのがブレーキング時に発生する熱の処理だった。たとえばフォーミュラマシンでは時速300キロを超える速度から100メートルほどの短距離で、時速100キロ以下にまで減速できる。その際に約500kgの車体が持っていた運動エネルギーはブレーキシステムにより、熱に変換されブレーキローターを500度以上の高温に加熱させる。

 そしてその熱は次のブレーキングポイントまでにクーリングして、大気中に放散させておかなければならない。500kgの車体が時速300キロで走行している時の膨大な運動エネルギーを熱に変換して捨ててしまっているわけだ。このことが無駄に感じて仕方なかったのだ。なんとかこの運動エネルギーを再活用できないか、そうすればブレーキへの負担も減らすことができる。

 その答えがエネルギー回生システムであり、現代はハイブリッド車もEV車もこのシステムを採用して運動エネルギーを再利用していることになる。ポルシェが2010年に911GT3Rハイブリッドに搭載したフライホイル式のKERS(キネティック・エネルギー・リカバリー・システム)はその基本を確立したシステムとして注目された。その頃三菱自動車のエボXの未来モデルとしてフライホイル式ではなくキャパシター(大容量コンデンサー)方式のKERSを採用することを提案したりもしたが、その前にエボ自体が消滅してしまったのは皆さんがご存じのとおりだ。

 現代のマシンは運動エネルギーを電気エネルギーに変換し、バッテリーに蓄えて再利用するのが一般的となった。こうした技術の進化でオーバーテイクが可能になり、熱によるブレーキトラブルなども起こりにくく耐久性が高まっている。レースで電動化技術を競うことで技術競争が起き、効率が改善され、市販車にも多大な影響を及ぼすことになる。

 その結果電費に優れ、安全性も高いEVが誕生する技術的根幹になると期待されている。今後EVが市販車の主流となるならモータースポーツで磨き抜かれた技術を搭載しているモデルを選択することが望ましく、それがまたレースチームのサポートとなり良い循環で開発が進められることになるのだ。EV車を生産し販売するならレースで技術を磨け。かつてガソリンエンジンがそうであったように、その工程を省く事は信頼を築き上げるのに何倍もの労力とコストがかかることを、欧米のメーカーは知っているはずだ。


中谷明彦 NAKAYA AKIHIKO

レーシングドライバー/2023-2024日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員

中谷明彦
愛車
マツダCX-5 AWD
趣味
海外巡り
好きな有名人
クリント・イーストウッド、ニキ・ラウダ

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