100年の間には冒険したクルマも! 「名車」だらけのスズキが生んだ「迷車」6台 (2/2ページ)

キザシは覆面パトカーとして大量に導入された

4)ツイン(2003年)

 ツインは車名の通り乗車定員の2人が全長2735mmの中に乗る、シティコミューターを目指した軽乗用車である。簡易なハイブリッドがあり、メインとなるガソリン車はエアコンなしなら49万円と安かった。しかしエアコン付だと70万円といったところで、「ツインが70万円なら、軽トラックなり一番安い4人乗りの軽の方がいい」と考えるユーザーが圧倒的に多く、約3年間という短命に終わった。しかしコロナウイルス禍もあり、シティコミューター的なクルマを考えるユーザーが増えそうな現代に安価で蘇れば、案外成功するかもしれない。

5)キザシ(2009年)

 キザシはスズキがカムリやアコードといった、欧州流の表現だとDセグメントに初めて参入した歴史的なモデルだ。初のDセグカーながら全体的に出来は悪くなかったのだが、登場時から受注生産だったのに加え、やはり「カムリやアコード級のスズキ車を買う」というユーザーは非常に少なく、登場から短期間でその存在は忘れられてしまった。このクルマが残したのは捜査用覆面パトカーとして大量に導入されたため「キザシ=覆面パトカー」というイメージくらいだろうか。

6)バレーノ(2016年)

 バレーノはスイフトの1つ上となる、輸入車でたとえればルノー・ルーテシアなどのようなサイズが大きめのコンパクトカーで、日本車としては初となるインド製だった。当時のコンパクトカーとしては珍しく先行者追従型のアダプティブクルーズコントロールを装備するなど、決して悪いクルマではなかった。しかしスイフトがあるスズキではやはり存在感が薄いなど、ターゲットユーザーがわかりにくく、つい最近絶版となった。


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