こんなの俺たちのスカイラインじゃない! いつから日産スカイラインは日本人の「憧れのクルマ」ではなくなってしまったのか (1/2ページ)

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こんなの俺たちのスカイラインじゃない! いつから日産スカイラインは日本人の「憧れのクルマ」ではなくなってしまったのか

この記事をまとめると

■日産スカイラインは1957年に登場した長寿モデル

■過去のモデルを知る人からは現行型に対する否定的な意見も聞かれる

■その理由や真意について解説する

もっと売れたスカイラインは4代目ケンメリ

 長くつづくモデル名には、各世代に思い入れがあることが多い。そのためフルモデルチェンジをすると必ずといっていいほど「こんなの俺たちの●●じゃない」という批判的な声がSNSなどをにぎわす。

 そんな長寿モデルのひとつが、日産スカイラインだろう。1957年に初代スカイラインが登場したとき、その製造事業者は日産に吸収される以前のプリンス自動車で、1968年にフルモデルチェンジした3代目からが日産スカイラインとなっている。3代目といえば「ハコスカ」の愛称で知られ、最初にGT-Rが誕生したスカイラインとしても印象深い。

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日産スカイライン(3代目)のフロントスタイリング画像はこちら

 そんなスカイラインが日本市場でもっとも愛されたといえるのが、「ケンメリ」の愛称で親しまれた4代目スカイラインだ。ハコスカGT-Rが築いたスポーツイメージを全モデル的に受け継いだスポーティなルックスは、日本車にスポーツセダンというジャンルを確立させたといっても過言ではない。

 実際、4代目スカイラインは59カ月のモデルライフにおいて63.8万台ものセールスを達成。これは歴代スカイラインにおいて最多販売レコードとなっている。

日産スカイライン(4代目)のフロントスタイリング画像はこちら

 ちょっと刺激的な『いつから日本人の好きなスカイラインじゃなくなってしまったのか』というタイトルをつけたが、数字だけで判断するならば日本市場がもっとも愛していたスカイラインは4代目ということになり、それ以降は販売台数を減らしていった。

 グリルレスのRSグレードが「鉄仮面」と呼ばれた6代目スカイラインの総販売台数は31.2万台となっているから、ピークに対して半減してしまったのだ。誤解を恐れずにいえば、スカイラインというブランドは4代目が確立し、それを徐々に消費しているというカタチになっている。

日産スカイライン(6代目)のフロントスタイリング画像はこちら

 その象徴といえるのが丸4灯テールだろう。スカイラインといえば丸4灯テールというイメージを持っているファンも多いだろうが、ハコスカのテールレンズは角タイプであって、丸4灯が採用されたのは4代目のとき。その後、スカイラインには欠かせない要素となり、丸4灯モチーフは現行モデルでも採用されているのは、大ヒットした4代目にあやかっているともいえる。

 さらにスカイラインには直列6気筒エンジンを積んでいるべし、という思いを持っているファンも少なくないだろう。とはいえ、初代から8代目(R32型)まで4気筒エンジンを積んだグレードは設定されていた。4代目のケンメリにしてもデビュー時にはプリンス自動車由来の4気筒を積んだグレードと、日産由来の6気筒を積んだグレードがあった。

 直列6気筒エンジンの設定しかないスカイラインは、じつは9代目(R33)と10代目(R34)だけだったりする。

日産スカイライン(9代目)のフロントスタイリング画像はこちら

 ところで、スカイライン像を強くしたモデルは4代目だけではないだろう。

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