巨大ワークスのライバルが不在でも勝って当たり前なんかじゃない! トヨタのル・マン5連覇は「超激ムズ」の偉業だった (2/2ページ)

アウディを超えフェラーリと肩を並べることを目指す

 先進技術の開発、投入の場としての価値も備えていたル・マンだが、イベントとしてのレース成立を重要視した結果、ガシリン車にも勝機が見い出せる規定となったのである。無条件でHVシステムの枠組みを決めてしまうと、抜きん出たHV技術を持つトヨタのひとり勝ちになることが確実視され、ガソリン車との性能を揃えるために、HVシステムの性能に大きな規制をかけたのである。

 一例を挙げれば、現状のHV規定は1モーターシステムで作動領域は190km/h以上に制限されたことなどがある。HVプロトの時代は、前後2モーター方式、エネルギー容量8MJ(メガジュール)とHVシステムのメリットを生かす(それでもトヨタにとっては不利な枠組だった)規定だっだが、現行のハイパーカー規定は、ガソリン車とのスピードを揃えるため、HV方式のメリットを消す方向で性能規制が行われている。

 健全な技術開発、育成という視点では、明らかにフェアではないが、レースを主催、運営する立場からは、ある特定車両の性能が圧倒的に勝る事態も都合が悪い。そのためHVシステムの性能に大きな制限がなされたことになるが、裏返して見れば、長丁場、24時間のル・マンでは、プラスに作用したと見ることもできる。スピードでアドバンテージが持てなければ、耐久性、信頼性に勝機を見いだすことになる。壊れずに安定して速いペースで走れる車両を送り出せば、走行時間を経るほど、周回数を重ねるほど、ライバルとの差が確実に開いていくことを意味するからだ。

 トヨタの車両がこうした傾向を強めたのは、2016年にあと3分、1ラップのところでレースを失ったことがきっかけだった。信頼性を見極めるため、走り込みを重ねた結果、車両の仕上がりに対する新境地が見えてきたという。2018年、敵がいない状態でトヨタは勝ったが、仮にポルシェ、アウディがいたとしても、それらの存在とは関係なく、持てるスピードと信頼性で優勝を遂げていたことは容易に推測できる。

 HVシステムの性能が制限された現在、速いレースラップを24時間持続できる信頼性を身につけた車両作りが、ル・マンの勝因になると考えているようだ。期せずして、かつてのポルシェ、アウディが見せたのと同じ戦略を、現在のトヨタが実践している、と言ってよいのかもしれない。

 さて、ル・マン5連覇の偉業を成し遂げたトヨタだが、その先人たちの足取りはどうだったのだろうか。まず、今年の優勝で肩を並べたアウディだが、アウディの5連勝はクローズドボディのディーゼルプロトからHVプロトにいたる時代の記録である。アウディ自体は戦前のアウトウニオンに源流を発するメーカーで、モーターレーシング色、スポーツカー色が強く、スポーツカーレースへの参戦は当然の成り行きと言えるものだった。

 アウディが5連覇をなし得た背景には、レギュレーションの過渡期で参戦するメーカーが少なかったこと、2000年から本格参戦を始めたアウディのACO(ル・マン主催)に対する貢献度が高かったことから、その見返りとして、ディーゼル規定の優遇措置を受けていたことなどが挙げられる。

 トヨタが来年の目標(?)とするル・マン6連覇は、1960年からフェラーリが積み重ねた記録である。フェラーリの6連覇は、ル・マンへの参戦車種が市販高性能スポーツカーからレース専用モデルに移行する時代のことで、1960年のTR60、1961年のTR61、1962年の330LM、1963年の250P、1964年の275P、そして1965年の275LMがその立役者となっていた。ちなみに、1966年から1969年まではフォードGTが4連覇し、1960年代のル・マンは、フェラーリとフォード以外に優勝車がなかったのである。

 そして燦然と輝くル・マン7連覇を記録したのがポルシェである。行き場を失ったグループ6プロトの最終盤期から新時代のスポーツカー規定であるグループCカー時代の担い手として活躍した。1981年に暫定グループ6車両で臨んだ936/81を皮切りに、1982年、1983年のワークス956、1984年、1985年のヨースト956、1986年、1987年のワークス962Cと続く7連覇だ。ちなみに、ポルシェは今年の90回大会まで通算19勝を記録。連覇記録と合わせ、ル・マン・マイスターと呼べるほどの壮大な記録保持者である。

 今年の5連覇で世界のトップスポーツカーメーカーと肩を並べたトヨタ。来年、2023年のル・マンは、ル・マンが100周年ということもあり、すでにいくつかのメーカーがハイパーカークラスでの参戦計画を表明している。トヨタにとってはハードルの高い戦いになることは間違いないが、むしろ懸念材料は、HVシステムに対するBoP(バランス・オブ・パフォーマンス=性能調整)の程度にあり、今シーズンのWECのように、予選スピードでガソリン車にかなわないという事態はなんとか避けたいものだ。

 6連覇でフェラーリ、7連覇でポルシェと記録を並べることになるトヨタだが、敵は思わぬところに潜んでいそうな気配が濃厚である。


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