ブームを辿れば行きつく「開拓車」! クルマ界に一大トレンドを作り出した偉大なる始祖3台 (2/2ページ)

ファミリーカーの定番「ミニバン」の先駆けはなんと40年前に誕生

 ところで、オラオラ顔といえばスライドドアのミニバン系モデルを想像しがちだが、国産車におけるスライドドア&3列シートミニバンのルーツといえば、日産プレーリーを忘れるわけにはいかない。

 もはや名前を聞いても、どんなカタチのクルマなのか思い出せないという人も多いだろうが、それも当然で、初代プレーリーが誕生したのは1982年、いまから40年も前のことである。

 初期のスライドドア車といえば商用車ベースであることが多く、日産でもセレナのルーツとなるバネットなどは商用バンの乗用仕立てといえるメカニズムだったが、プレーリーはFFプラットフォームの上に、両側ピラーレス・スライドドアというユニークで使い勝手のいいボディを載せたオリジナリティあふれる設計となっていた。

 それは側面衝突やボディ剛性といった要素をほとんど考えなくてもいい時代だから可能になったパッケージングともいえた。もっとも、ピラーレス・スライドドアはけっして好評とはいえず、1988年に2代目へフルモデルチェンジした際にはBピラーのあるスライドドア車へと変身していたのだが……。

 いずれにしても全長4m程度で、3列シートを実現するというパッケージングの考え方、後席スライドドアを両側に配するというボディは、現在のミニバンにつながるものだ。プレーリーの販売実績だけを見ると成功作とはいい難い面もあるが、ミニバン・ムーブメントを生み出した記念碑的モデルであることに異論はないだろう。

 ところで最近ではミニバンからクロスオーバーSUVへとマーケットトレンドは変化している。それは日本に限った話ではなく、世界的なトレンドとしてSUVであることが人気モデルの条件といえるような状況になっている。

 現在、主流のSUVは乗用車系アーキテクチャーを基本としたFFベースのモデルといえるが、その世界的なルーツといえるモデルを生んだのは、紛れもなくトヨタだ。

 それこそが1994年に市販されたRAV4である。当時のトヨタはランドクルーザーやハイラックスサーフといったRVと分類されていたクロカン4WDをラインアップしていたが、もっと手軽な感覚で、街乗りしやすいモデルとしてRAV4が生み出された。メカニズム的にはフロントにエンジンを横置きしたFFベースとなり、当初は3ドアだけの設定というカジュアルなモデルという新提案だった。

 クロスオーバーSUVという言葉も普及しておらず、当時の日本市場では“ライトクロカン”といった呼び方もされていたが、新ジャンルを切り開いたモデルとして記憶に残る。そしてRAV4の成功を受けるようにして、ホンダからもCR-Vが登場。徐々にSUVというカテゴリーが確立されていった。


山本晋也 SHINYA YAMAMOTO

自動車コラムニスト

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スズキ・エブリイバン(DA17V・4型)/ホンダCBR1000RR-R FIREBLADE SP(SC82)
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