バカッ速グレード登場……もなんで「ミラ」? みれば納得の「ミラ」の激闘の歴史 (2/2ページ)

現在に至るまでモータースポーツの舞台で活躍を続けてきた

 ベースとなるミラが3代目になっても、ダイハツは攻勢の手を緩めなかった。ミラのモデルチェンジから1年後の1991年に、「X4-R」と呼ばれるモータースポーツベースに特化したモデルを投入。当時ミラとアルトが鎬を削っていた全日本ラリーのクラスAでは比較的厳しいラインオフ時からの改造制限が敷かれていたことを逆手に取って、鍛造ピストン・クランクシャフト、クロスミッションやハイフロータービンなど、規格外ともいえる改造を施して発売したのだった。

 このX4-Rはデビューイヤーからスズキ陣営と激闘を演じるとともに、地方ラリーやダートトライアルといった参加型モータースポーツでも手ごろなエントリーマシンとして大活躍。ミラが4代目となってからもX4グレードは設定されつづけ、全日本ラリーを舞台に戦い続けた。

 このころには、新開発のK6Aエンジンを搭載し、現在でも人気の高い3代目アルトワークスを擁するスズキ陣営が全盛期となっており、4代目ミラは苦しい戦いを強いられることになる。その後、ダイハツのモータースポーツ活動の軸となるモデルは「ストーリアX4」へスイッチし、全日本ラリー・ダートトライアルにて破竹の快進撃を見せたのは周知のところだろう。

 ストーリアX4が登場したあとも、5代目ミラが全日本ダートトライアルのC1(小型改造車)クラスで活躍したほか、6代目では、初代トヨタ・ヴィッツのワンメイク状態となっていた全日本ジムカーナのN1クラスにて軽自動車ながら善戦。全日本格式というモータースポーツの最前線で戦い続けた。

 5代目以降はX4のような過激なモデルこそ姿を消したものの、とくにNA(自然吸気)のバンモデルが、中古含めて安価な価格と軽量な車体によって、現在に至るまでモータースポーツユーザーのみならず走り好きの若者にも大人気。とくに7代目L275V型などは、生産終了して久しい現在でも、全国各地で行われる軽耐久レースで主力のマシンとなっている。

 このように歴史の多くをモータースポーツと共にしてきたミラ。久方ぶりに本格モータースポーツベースが登場したとあれば、今回のミライース tuned by D-SPORT Racingの活躍への期待はなおさら高まるところだ。

 一方で、299万8600円という価格はちょっと高いな……と感じているユーザーもいるかもしれない。その気もちはよくわかるが、この価格も、ひいてはそもそもこのご時世にこんなモデルが登場してくれるのも、ダイハツの並々ならぬ企業努力があってこそ……という点は理解したいところである。


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