「あの時買っておけば」「MTがあれば買うのに」……旧車マニアが「たわごと」を発する心理とは (2/2ページ)

現代の新車に対しては不満タラタラ!?

「余計な装備はいらないからもっと安くしてほしい」

「クルマが高くなりすぎた」という不満から派生するフレーズであり、自動ブレーキやアダプティブクルーズコントロール、大型液晶ディスプレイ等々のせいで、かつての大衆車クラスが300万円を超える車両価格になっているのを見たとき、このフレーズは発せられる。

「ウインドウは極端な話パワーウインドウじゃなくていいし、オーディオも1DINでいい。先進安全装備もいらない。そのぶんだけ車体を軽くして、そして安くしてくれ」というような主張だが、実際にそんなストイックすぎる仕様を発売するにしても、現代の厳しい安全基準をクリアすれば価格はさほど下がらず、結局はニッチな層に少数しか売れないことをメーカーは気づいている。そしてじつのところ、このフレーズをいっている彼ら自身も、心の奥底ではそれに気づいているものと思われる。

「壊れたんじゃない、消耗品を交換しただけだ」

 旧車乗りが、家族やクルマ好きではない友人などから「また故障したの?」と図星を指されたときに発動する、最強の防御呪文。実際に消耗部品を交換したときはもちろんのこと、客観的に見れば「普通に故障でしょ?」と考えられるケースにおいても、ときおりこの防御呪文は発せられる。

 たとえば「ウインドウレギュレーターが壊れて窓が落ちてしまった」というのは普通に考えて「故障」なわけだが、彼らにいわせれば「消耗部品が交換タイミングを迎えた」に過ぎない。なぜならばウインドウレギュレーターといえども永久に使い続けられる部品ではなく、国産車であれば10年から20年ほどで、一部の輸入車では5年程度で「消耗」するものだからだ。

 エンジンブロック、あとはせいぜいホイール本体ぐらいが非消耗品であり、そのほかはすべて消耗品であると考えるのが、旧車オーナーや一部の輸入車オーナーにとっては心の平静を保つための秘訣となっている。そしてそのうち感覚が麻痺し、本当に「クルマの部品はほぼすべてが消耗品なので、それが要交換となるのは決して“故障”ではないのだ」と、素で思うようになっていく。筆者もそんなひとりだった。

「なかなかよさげな新型車だね。MTがあれば俺も買うんだけど」

 このフレーズを発した者のうち、メーカーが「わかりました。MT版、作ってみました」となった際に実際それを購入するのは、1割から2割ぐらいだろうか。

 わからないが、このフレーズをいった者の全員が本当に購入するなら、メーカーもMT車のラインアップをもう少し増やすはずだが、実際はなかなかそうもなっていないのが現実である。


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伊達軍曹 DATE GUNSO

自動車ライター

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絵画制作
好きな有名人
町田 康

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