この記事をまとめると
■1983年登場の3代目シビックは走りのイメージを決定づけた
■ZC型DOHCエンジンと軽量ボディでテンロククラス屈指の性能を実現
■レースで圧倒的な結果を残し走り屋文化でも高い支持を集めた
テンロク最強伝説の原点
ホンダのシビックは、いまでもチューニング業界や走り屋たちから人気のあるクルマだが、本格的に走りのクルマとして注目を集め出したのは、1983年にデビューした3代目シビック、通称ワンダーシビックからだ。
基本コンセプトは、ホンダ独自のM・M思想。「マン・マキシマム、メカ・ミニマム(人間のためのスペースを最大限に、メカニズム・スペースを最小限に)」という考え方だ。
ワンダーシビックは、ロングルーフにロー&ワイドの斬新なスタイリングで、自動車としては初めてグッドデザイン大賞を受賞。ユーティリティ性能も空力も秀逸だったが、エンジンだけはやや非力で、走りの性能に関しては同じ1983年に登場したトヨタのレビン・トレノ(AE86)を支持するユーザーのほうが多かった。
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しかし、ホンダは1年後の1984年に、シビック初のDOHCエンジンを搭載した「Si」を投入。搭載されたZCエンジンはF1直系を謳う高性能エンジンで、ほかのDOHCエンジンのバルブ作動方式は直打式が一般的だったが、ホンダはF1のエンジンに採用していたロッカーアームを介したスイングアーム式をZCエンジンに流用した。
これでバルブのリフト量が増え、NA1.6リッターながら135馬力を達成。ボア×ストロークが75.0×90.0mmのロングストロークなので中低速トルクも豊富で、ドライバビリティにも優れていた。ボアが小さくても、バルブ径はライバルの4A-Gなどとほぼ同じで、ヘッドがコンパクトだったのも特徴。さらにアルミ製のサイアミーズシリンダーによってエンジン長が短く、軽量コンパクトさも武器だった。
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足まわりも凝っていて、フロントストラット高を低くするため、コイルスプリングではなくロアアームとラジアスアームを縦置きにしたリアクションチューブ式トーションバー、リヤはトレーリングリンクにコイルスプリングを組み合わせ、これらをスポルテックサスペンションと称していた。ドライブシャフトも等長化され、加速時のトルクステアも解消。ハンドリング面でも長足の進歩を遂げていた。
このように、1.6リッター最強のZCエンジンと新開発のスポルテックサスペンション、900kgの軽量ボディの組み合わせで、ワンダーシビックはテンロククラスの王者にのし上がった。
そのポテンシャルの高さはモータースポーツでも実証され、グループAレースではデビュー戦で上位クラスのマシンを下してポールポジションを獲得。参戦2戦目では総合優勝を飾り、1987年には無敗でダブルタイトルも獲得した。
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グループA以外でも、鈴鹿サーキットを中心に行われていたシビックワンメイクレースでベテランから新進気鋭の若手までが好レースを繰り広げ、シビックのパフォーマンスの高さをアピール。とくに鈴鹿が近い関西圏ではワンメイクレースのイメージが強く、その影響から走り屋たちに好まれ、大阪の「環状族」の間ではワンダーシビックがもっともメジャーな1台になるほど人気を集めた。
レース用のパーツやノウハウも豊富だったので、大排気量のFR車を打ち負かすことが可能で、グループAマシンのカラーリングを模した派手なレプリカ作りも流行ったこともあったが、いま見てもワンダーシビックはカッコいい。現行のFL5まで続くスポーツシビックの元祖であり、「ワンダー」の名に恥じない名車だった。