要・不要論争が尽きないリヤワイパー! 「絶対に必要な装備」が答えだと言い切れるワケ (2/2ページ)

少しでも安全なほうがベターともいえる

 ここで興味深いのは、単に「使わない」だけでなく、キャップ等を用いて「リヤワイパー付け根の穴を塞いでまで外す」という行為だ。これは単なる利便性の放棄ではなく、「自分好みにクルマをパーソナライズしたい」という強い意思の現れである。

 リヤワイパーを外した跡を埋めるパーツ(リヤワイパーレスキット)には、フラットなボルトタイプからマスコットタイプ、さらには回転するプロペラのようなジョークグッズまで、多種多様なものが販売されている。これらは「標準状態を嫌う」というカスタム文化のわかりやすい象徴であり、その意義というか意思は、クルマのカスタム文化に特段の興味はない筆者も、十分に理解はできる。

 そしてもちろん、すべてのクルマにリヤワイパーが必要なわけでもない。一般的なセダンのように、リヤウインドウがなだらかに傾斜している形状の場合、走行風がガラス面に沿って流れるため、雨粒は吹き飛ばされやすく、泥の巻き上げも少ない。またハッチバックなどと違ってセダンは、リヤタイヤが泥や水滴を大きく跳ね上げた際でも「トランクルーム」がその防波堤になってくれるため、多くのセダンにはそもそもリヤワイパーが設定されていない(寒冷地仕様などはその限りではないが)。

 さて、長々と両派のいいぶんを整理してきたが、筆者個人としての結論は、もう議論の余地なく「リヤワイパーは絶対に必要!」というものである。

「スタイリングが……」「使わないモノを付けておくのは……」「ドアミラーがあれば十分でしょ?」という不要派の美学は、もちろん理解できる。筆者とて、リヤウインドウに鎮座しているあの黒い棒を、とくに美しいと思ったことはない。だが自動車という機材を運用するうえ最優先されるべきは「美の追求」ではなく、「生存確率の最大化」であるはずなのだ。

 撥水コーティングをしていれば十分?  デジタルインナーミラーがあるから問題ない?  後方はドアミラーで十分に確認できる?  確かにそうなのかもしれない。だが想定外の豪雨や、盛大に跳ね上がった泥混じりの飛沫は、ときに撥水コーティングの限界をあっさりと超え、カメラのレンズさえも沈黙させる。そんな極限状態において物理的に汚れを削ぎ落とす、リヤワイパーという名の超アナログデバイスほど、信頼に値するものはない。

 リヤワイパーを外し、後方視界における「死角の可能性」を少々とはいえ増加させる行為は、自らの安全を運任せにしているのと同義ともいえる。どんなに流麗なボディラインを誇ったところで、視界不良が原因で事故を発生させてしまっては元も子もないのである。

「備えあれば憂いなし」という言葉は古くさい、昭和的な(いや明治的な?)フレーズなのかもしれない。だが少なくとも自動車の装備(や安全運転に対する心構え)に関しては、いまだ圧倒的な真理である。わざわざ装備されているものを、わざわざ金と手間をかけてまで外し、自ら進んで「視界という名の武器」を捨てる必要がどこにあるというのか。これが、異論反論もあろうかとは思うが、筆者の、そしてひとりのドライバーとしての結論である。


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伊達軍曹 DATE GUNSO

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