この記事をまとめると
■ブガッティはかつて「ブガッティ・オートレール」なる鉄道を手掛けていた
■タイプ41ロワイヤルで使われる予定だった12.8リッター直列8気筒エンジンを搭載した
■1934年には196km/hという世界最高速を記録したオートレールは88両が生産された
ブガッティが手掛けた大ヒット鉄道とは
今でこそブガッティはハイパーカーの代名詞かのような存在ですが、その昔は鉄道の世界でも輝かしい業績を残していました。12.8リッターのエンジンをフランスの国鉄に売り込んだばかりか、軌道車「ブガッティ・オートレール」を自ら設計し、1934年には196km/hの世界最高速を記録。ちなみに、新幹線が256km/hを記録する30年近く前の出来事と聞けば、その偉業もイメージしやすいかと。線路上を疾走するブガッティ、はたしてどんなものだったのでしょうか。
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ことの始まりは1929年に起こった世界恐慌でした。当時、エットーレ・ブガッティはもてる技術のすべてを注ぎ込んで開発したトップ・オブ・ブガッティ「タイプ41 ロワイヤル」を発売したばかり。全長6メートルを超え、搭載された12.8リッター直列8気筒エンジンは、静粛性と圧倒的なパワーを兼ね備えた究極の芸術品。ですが、世界恐慌によって想定していた大富豪たちは軒並み破産してしまい、この傑作車はわずか6台のみが生産されたにすぎません。しかも、きちんと販売が確認されているのはそのうちの3台のみ。つまり、最悪な時期に、面倒な不良在庫を抱えてしまったというわけ。
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とはいえ、天才的エンジニアにして、稀代の商売人でもあったエットーレはピンチをチャンスに変えました。なんと、この超高級車の心臓部を流用して高速気動車(列車)を開発し、自らフランス国鉄(当時は国鉄の前身組織)へと売り込んだのでした。
オートレールと名付けられたブガッティ製気動車は1933年に試作車が完成すると、いきなり176km/hの最高速をたたき出しています。アルミで構築された車体ももちろんブガッティによるもので、軽量なことはもちろん、当時としては画期的な空力フォルムもエットーレらしさ満点。しかも、売れ残った直8エンジンを4基まとめて搭載するというシステムを採用しているので、願ったり叶ったりな電車に仕上がっているのです。
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また、エットーレは気動車の足まわりにもオリジナリティを発揮しています。鉄道車両は一般的に複雑なトランスミッションを介するのですが、オートレールでは自動車用の液体継手(流体クラッチ)を介して、ダイレクトに車輪を駆動。専門家からは大雑把と評されたものの、クルマづくりのプロとして挑んだ結果、最高速まで記録しているのです。エットーレにいわせれば「これでいいのだ」と落着したこと間違いありません。
ところで、タイプ41ロワイヤルに積んだ12.8リッター直列8気筒エンジンもまた、現代の常識からは程遠い、至高の工業製品だったことは言うまでもありません。長さ約1.4メートル、高さ約1.1メートルという、巨大な鉄の塊を寸分の狂いもなくモノブロックとして鋳造。当時の技術からすれば、内部に気泡が入るリスクが極めて高く、不良品を連発しかねない神業レベルの製法でした。もっとも、この一体鋳造、剛性は最強ですが、メンテナンス性は最悪でした。
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当時は定期的にバルブのカーボンを落とす「バルブ研磨(擦り合わせ)」が必要な時代でしたが、ヘッドが外れないため、バルブを外すには巨大なエンジンを丸ごと車体から降ろし、下からクランクシャフトやピストンを全部引き抜いて、奥深くにあるバルブを内側から分解するしかなかったのです。「美しさと完璧な性能のためなら、整備士の苦労なんて知ったことか」という、エットーレのエンジニアというより「芸術家」としてのエゴが透けて見える、じつにブガッティらしいエンジンです。
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結局のところ、オートレールは88両が製作され、ブガッティは大恐慌を乗り越えただけでなく、モルスハイムの工場を拡大するほどのヒット作となりました。で、オートレールは主にパリ~リヨン、あるいはパリ~シェルブールというフランスの主要幹線に投入され、富裕層やビジネスマンから大好評を得たのだとか。ちなみに、パリ~リヨンは後に300km/hオーバーで世界を驚かせたフランスの超高速鉄道「TGV」が敷設されたルート。
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売れ残りとはいえ、ロワイヤルのエンジンから始まったブガッティの挑戦は、フランスに「高速鉄道網」というDNAを植え付け、現代のTGVへとそのバトンを繋いだのです。それにしても、ブガッティのエンジン4基が咆哮する特急列車、乗ってみたかったと熱望するのは決して筆者だけではないでしょう。