ラグジュアリーかつ本格派なキャラクターでヒット作に
そして1991年には2代目が登場。ボディはひとまわり大きくなり、全長4230~4750×全幅1745~1835×全高1835~1845mm。ホイールベース2760mmとなっている。ロングは3列シート、7人乗りとなり、駆動方式は副変速機付きパートタイム4WD、トルクスプリット式4WD。パワーユニットは3.1リッターディーゼルターボ、3リッター直噴ディーゼルターボのほか、3.2リッターV6、3.5リッターV6を、5速MT、4速ATとともに揃えていた。
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サスペンションはフロント・ダブルウイッシュボーン、リヤ・トーションバースプリングであった。ちなみに2代目ビッグホーンは1992-1993年日本・カー・オブ・ザ・イヤーの特別賞を受賞している。
初代に続き、スプリングとダンパーの減衰力を高め、スポーティなハンドリングとオフロードでのリヤサスの追従性を向上させたイルムシャー仕様(シートヒーター付きレカロシート完備)を発売当初から設定しつつ、イギリスのロータスと足まわりを共同チューニングしたハンドリング・バイ・ロータス仕様を3列シート、7人乗りに設定(1993年に2列シートにも追加)。ロータスのチューニングによってしなやかさと操縦安定性を飛躍的に高めた4WD車として一世風靡。
意外なのは、そのハンドリング・バイ・ロータス仕様のインテリアがラグジュアリー方向に振られていたこと。いすゞとしてはビッグホーンのスポーティモデルであると同時に、フラッグシップの位置づけを狙っていたと推測できる。
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そんなビッグホーンでもっともホットなモデルとして挙げられるのが、1992年に加わったイルムシャーRSだ。ショートホイールベースに3.5リッターV6エンジンを組み合わせた、イルムシャー仕様よりさらにスパルタンなモデルであり、1994年のパリダカールラリーにおいて、日本のチーム青柳が市販車無改造部門に参戦、クラス優勝を果たしている実力のもち主だった。
イルムシャー仕様は1998年に廃止されたものの、量販グレードのプレジールシリーズにスポーツパッケージオプションを設定(レカロシート、スポーツサスペンション、スタビライザークラッチのセット)。2001年にはグレードをロータスSE、量販グレードのスポーティバージョンであるプレジールII、廉価グレードのフィールドスターの3タイプに集約。
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それは、2002年9月にいすゞが乗用車の生産・販売から撤退する前兆でもあり、ビッグホーンも生産終了。21年の歴史に幕を閉じたのである。しかし、1980年代からイルムシャー仕様、ハンドリング・バイ・ロータスといった通好みの、欧州テイストある足まわりを4WD(いまでいうSUV)に取り入れた当時のビッグホーンの企画力は、なかなかのものだったといえるだろう。
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そうそう、いすゞ車には、2代目ジェミニにもしなやかな足まわりでファンを満足させたハンドリング・バイ・ロータス、そしてイルムシャー仕様が存在した。ジョルジェット・ジウジアーロが手がけた初代ピアッツァにもイギリス流のチューニングが施されたハンドリング・バイ・ロータスモデルがシックなブリティッシュグリーンのボディを纏って存在している。
1970~80年代にかけて、クルマ好きの間でいすゞのクルマがもてはやされたのも、そこに欧州の香り、スポーツテイストがあったからに違いない。