チート級の強さに嫌われた挙げ句ルールまで変更! 最強のレーシングカー「ポルシェ962C」が無双できた「勝利の方程式」 (1/2ページ)

この記事をまとめると

■ポルシェ956から進化した962Cは世界の耐久レースで圧倒的な勝利を重ねた

■軽量アルミモノコックと高効率なフラット6ターボが強さの核心

■パワーだけに頼らず燃費と耐久性を武器に10年以上も君臨した

10年以上も世界を席巻した常勝マシン

 1980年代に世界中のレースで暴れまわり、ポルシェの歴史上で『最多勝利』を記録しながら、あまりに勝ちすぎてルール自体を変えさせてしまった史上最強の耐久マシン。ポルシェ962Cを簡単に紹介すると、こんな感じ。前身の956としてデビューした1982年にル・マンの1-2-3位を独占してから、1994年のダウアー962LMとして優勝するまで常勝街道まっしぐら。弱点をもたない最強であるがゆえに、もっとも嫌われたレーシングカーを振り返ってみましょう。

 962Cについて語れば、本が1冊どころか12巻組でも足りません。なにしろ、1980年からスタートした開発をはじめ、ル・マンから事実上追放されてしまった1994年までの間、それこそポルシェの全頭脳と花形ワークスドライバーが心血を注いでいたのです。そりゃ、負けるわけねーなと納得するのと同時に、どんだけ速いんだよ! と口を尖らせたくもなるというもの。

 強さの秘密を簡単にまとめてみると、ポルシェ初のアルミモノコックシャシーと、フラット6搭載パッケージの利を生かした空力性能、そして伝家の宝刀フラット6ターボエンジンの超絶な耐久性に尽きるかと。このあたりを押さえておけば、とりあえず常勝マシンのプロローグにはなるでしょう。

 ところで、1970年代までポルシェが作ったサーキット専用車は、おしなべて鋼管スペースフレームで構成されていました。911をベースとした934/935についても、キャビン以外は鋼管を使用しつつ、ご承知のとおり素晴らしい成績を残しています。

 が、1980年を迎えるころ、グループC規定が明らかになると、エンジニアチームのトップだったノルベルト・ジンガーは鋼管フレームに異を唱え、アルミ板を使ったモノコックシャシーの開発に乗り出しました。ご存じのとおり、これは軽量かつ整備性のよさが特長で、グループCのような超高速・長時間・高出力が求められるレースには欠かせない特性だったのです。

 もっとも、シャシー単体の重量はわずか50~60kgと驚くべき軽さを実現したものの、1レース走るだけで剛性がペナペナに落ちてしまう代物だったと伝えられています。これがアルミハニカムプレートだったらそんな事態は避けられたのでしょうが、ジンガーが用いたアルミ板厚は1~1.5mmで缶チューハイよりいくらか厚い程度。

 ペナペナになったシャシーをポルシェに注文するとバカ高いことに業を煮やしたプライベーターたちは、独自にアルミハニカムやカーボンを使ったシャシーに乗り換えたりしていました。が、ジンガーは「世界中のプライベーターがクラッシュしても、サーキットのパドックですぐに叩いて直せるように」と、最後までアルミ板を使い続けました。

 ちなみに、1994年、最後の962によるル・マン参戦時はダウアー962LMとなりますが、こちらはカーボンモノコックを採用。ジンガーはコミットを否定していますが、走らせたヨスト・チームにアドバイスしていないわけがありません。


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石橋 寛 ISHIBASHI HIROSHI

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