この記事をまとめると
■V6・MRへ改造されたワンダーシビックが存在する
■アメリカのプライベーターがワンオフモデル「Hondura」を製作
■現在は次オーナーのもとで3.2リッターV6へ換装されている
グループBの発想で作られたワンダーシビック
グループBというモータースポーツのカテゴリーは、1980年代に一時代を築いた過激なラリー車両規定だ。ランチア・デルタS4やルノー5ターボなど、コンパクトなFFハッチバックの後席スペースにエンジンを積み後輪を駆動するミッドシップレイアウトを市販車のボディに詰め込むという荒唐無稽ともいえる発想が許容された時代の産物だ。それぞれ少数ではあるがホモロゲーションモデルも生産され、現代においても一部でカルト的人気を確立している。
ルノー5ターボ画像はこちら
アメリカのホットロッドビルダー、アンディ・バーチェック氏がこのルノー5ターボのパッケージングに強い刺激を受けたのが1987年のことだった。彼が目をつけたのは、日本では「ワンダーシビック」の愛称で親しまれたホンダ・シビック(3代目)だ。かくしてこのクルマのミッドにパワフルなエンジンを搭載するプロジェクトがスタートした。
バーチェック氏が最初に手をつけたのは、シビックの車体後部に独自のチューブラーフレームを新設することだった。鋼管を溶接して組み上げたそのフレームが、ミッドシップレイアウトを成立させるための骨子となる。当然マウントやアーム類、エキゾーストもワンオフだ。
「Hondura」リヤアクスルまわり画像はこちら
次に、本来のエンジンルームを空にする。フロントのエンジンを放り捨て、かわりにコルベット用のラジエターと燃料タンクを移設。後席があった空間にパワーユニットを縦置きに搭載し、後輪を駆動するシャフトも新設された。
最初に選んだエンジンは初代アキュラ・レジェンド用の2.5リッターV型6気筒に5速MT。ホンダ系のメカニズムを使いながら、レイアウトはルノー5ターボ方式という計算された選択だ。ボディにはワイドなブリスターフェンダーを装着。そのビルドクオリティは極めて高く、とてもプライベーターの作品とは思えない仕上がりだ。そうして5ターボのシルエットをさらに意識した仕上がりを手にし、着手からじつに5年の歳月を要し、1992年に完成した。
「Hondura」フロントスタイリング画像はこちら
このマシンはのちに「Hondura」という愛称で呼ばれることになる。その理由は由来はシンプルかつ巧みなもので、ホンダ製のボディにアキュラのエンジンを積んでいることから、「Honda」と「Acura」をもじったのだ。単なるかけ合わせではあるが、このクルマの素性を的確に表しているネーミングといえよう。
Honduraは複数のオーナーの手を渡り歩きながら進化を続けた。現在のオーナーは2008年にこのクルマを入手し、アキュラCL タイプS用の3.2リッターV型6気筒(J32A)と6速MTを再スワップ。最高出力は260馬力以上を発生し、ブレーキもシボレー・コルベット用を流用するなど、各部の作り込みが深まっている。
「Hondura」エンジンルーム画像はこちら
ワンダーシビックにV6ミッドシップ・後輪駆動という組み合わせは、数字を超えた刺激を生むはずだ。コンパクトで軽量なボディ、優れた前後重量バランス、そして自然吸気V6の官能的なサウンド。走り好きにとっては想像するだけで胸が高鳴る構成だ。
「世界一有名なホットロッドのシビック」とも称されるHonduraは、過去にオークションにも出品されたことがあり、その際は自動車マニアから熱狂的な注目を集めた。ラリーマシンとアメリカのホットロッド文化、そして日本のコンパクトカーが交差した場所に生まれた唯一無二の1台なのだから、それも当然の帰結かもしれない。