「世界初の市販ミッドシップスポーツは?」 答えられたら超クルマ通なフランスメーカーのスポーツモデル

この記事をまとめると

■フランスのルネ・ボネ「ジェット」は世界初のミッドシップスポーツだった

■経営難からマトラが事業を引き継いで後にM530やバゲーラなどへ発展した

■F1やル・マンでも成功を収めるマトラの活躍の礎を築いた存在となった

ルノーの小型エンジンを前後逆に搭載

「世界初の市販ミッドシップスポーツカーは?」と聞かれて、「ルネ・ボネ・ジェット」と答えられる人は、クルマ好きのなかでもそう多くはないはずだ。現存しないブランドだし、どこの国で生まれたかわからないという人もいるだろう。

 ルネ・ボネとは、このスポーツカーを設計したフランス人の名前で、ジェットというのが車種名。彼は第二次世界大戦前、同じフランス人のシャルル・ドゥーチェと組んで、DBというスポーツカーを送り出した。ベースは、当初はシトロエンのトラクシオン・アヴァンだったが、大戦後はパナールが発表したディナという大衆車に切り替えた。

 ディナのエンジンは1リッターに満たない小さな空冷水平対向2気筒だったが、素性はよかった。それを見抜いたDBは、前輪駆動のまま軽く空気抵抗に優れたスポーツカーボディを組み合わせると、ル・マン24時間レースに出場。何度もクラス優勝を手にした。

 しかし1960年代に入ると、ふたりの考え方に違いが生まれるようになり、DBは解散。引き続きパナールと組んだ相方に対し、ボネはルノーと手を結び、すでにF1ではイギリスのクーパーが実績を挙げていたミッドシップ方式のスポーツカーを開発した。これがジェットだ。

 パワートレインは、アルピーヌ・ルノーA110にも採用された、当時のルノーのリヤエンジン小型車8(ユイット)のそれを、前後逆にして搭載。排気量は1.1リッターと1.3リッターがあった。

 ただしルネ・ボネは経営面ではうまくいかず、FRPボディの製作を担当する会社のオーナーが、航空宇宙産業を本業とするマトラを経営していたことから、マトラが事業を引き継ぐことになった。よってこれ以降のモデルはマトラ・ジェットと呼ばれた。

 僕はこのマトラ版に乗ったことがあるが、1.5mの全幅に対して全長4.22mと、スポーツカーとしては縦に長いボディをもつので、キビキビ感はあまりない代わりに、安定感はしっかり伝わってきた。A110とは対照的で、ル・マンのような超高速コースであれば、もち味が生かされたのかもしれない。

 マトラになってからは市販スポーツカーとレーシングカーをわけて作るようになり、ジェットの後継として2+2のM530、横3人がけのバゲーラやムレーナと、使いやすさを高めたモデルをリリース。7年間販売したバゲーラだけで15年間作られたA110を上まわる数を売るなど、それなりに成功した。

 レースでは専用設計の3リッターV12エンジンを開発すると、F1とプロトタイプスポーツに搭載。後者は1972年から3年連続でル・マン24時間の総合優勝を獲得するなど、こちらも結果を出した。

 ルネ・ボネそのものにはあまり光が当たらなかったけれど、その後のマトラの活躍はこのミッドシップスポーツカーがあってこそ。その点でも歴史に名を残したといえる。


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森口将之 MORIGUCHI MASAYUKI

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