中国が電動化車両で世界のイニシアチブを取れる理由

インフラ整備のために強制的な工場移転など政府による荒技も

 中国では都市部を中心に、自家用車だけでなく路線バスやタクシーなども含めてNEV(新エネルギー車/EV、PHEV、FCHVが対象/中国語では新能源車)が急速に普及している。

 今回広州モーターショーの取材で広州を訪れ、帰国する際には深夜に武漢へ到着後、翌日早朝成田空港行きの便に乗り換えるということになっていた。

 武漢に到着しても空港と近くのホテルの往復だけであったが、1年前にも同じ帰国ルートで武漢に立ち寄ったときには、EVといえば沿岸部の都市で使い古されたであろう、ややくたびれたBYD e6(EV)のタクシーを見かける程度であった。しかし今回、早朝に武漢の空港の出発フロアのクルマ寄せをみると、NEVが多数いるのがすぐにわかった。広州市の状況もそうだったが、日本の1年と異なり、中国の1年というのは加速度的に物事が変わっていくという様子をあらためて認識してしまった。

 NEVの普及には補助金やナンバープレート発給規制対象外などなど、政府によるインセンティブの充実が後押ししているのはみなさんもご承じのとおり。2019年からは自動車メーカーに対し、全体の販売台数に対し10%(2020年には12%になる予定)をNEVにしなければならない“NEV規制”も始まるので、メーカーとしても規制スタート前から積極的に市場開拓しているのが現状といえるだろう。

 今回のNEV規制には、大気汚染の減少など口当たりのいい導入理由ももちろんある。しかしこれも報道などされているが、増え続ける原油輸入量の抑制(中国ではものすごい勢いで原発も建設されている)や、内燃機関車では欧米や日韓のメーカーの優位性を打ち崩せないので、いち早くNEVでの実績を積み、この分野で世界的なイニシアチブを獲りたいなど、政府の“生臭い”目的のほうが主となっているようにも見える。

 ただ仮に日本で中国並みの手厚いインセンティブがあったとしても、中国のようにNEVが普及するかといえば、それは疑問が残る。日本国内でもNEVの対象になるようなクルマは販売されており、補助金なども出ているが、はっきりいって所得に余裕のあるひとたちの道楽で乗られているのが関の山といったところだろう。

 中国においてNEVが急速に普及しているのには、もともと電動車に慣れ親しんだ“土壌”というものもあるからだともされている。

 まずは中国では電動自動車(二輪車も含む)は昔から珍しいものではない。それこそコテコテの共産主義の時代から都市部ではトロリーバスが走り、いまも都市部では現役だ。日本でいうところの“原チャリ”は電動が当たり前。つまりNEVは未来の乗り物ではなく、PHEVやFCHVについても、もともと動力が電動という自動車は中国では広く認知されていたものである、NEVはそれらの発展形でしかないともいえるのである。

 続いては中国のひとたちのカーライフも電動化を進める一因といえる。中国では“農村戸籍”と“都市戸籍”がいまもあるように、もともと人民の都市間移動には制限が設けられていた。その名残もあり、クルマを所有したとしても、たとえば“中国奥地の秘境へドライブに行く”ということはほとんどなく、せいぜい春節(旧正月)などに実家へ帰省するなど遠乗りの頻度はまだまだ少ないようだ。

 つまりクルマは居住する都市もしくは近郊内での移動手段として使われるのが一般的。そのためもともと都市内移動でメリットを発揮する、NEVが普及しやすい環境ができていたのである。都市内移動だけというものの、ひとたびマイカーを手に入れると、ほとんどの日常生活での移動手段はクルマになるとのこと。激しく混み合う地下鉄や路線バスは利用したくないということになるようだ。少し前に聞いたところでは、広州市および近郊では年間走行距離が4万㎞ぐらいとなるのが標準的とのことであった。

 事情通氏によると「中国のひとにクルマで遠出しないのかと聞くと、『出先で盗まれる可能性が高いから行かない』と答えが返ってきました」とのこと。さらに現実的な話をすれば、中国の高速道路料金がかなり高いことも拍車をかけているようだ。

 加えて、たとえば省(日本の県)と省の境部分の道路が狭かったり(お互いそんなところにはお金をかけたくないと思っている/インドなどでも同様)、コンディションが悪いところも多い。また中国のひとが中国国内で使っている携帯電話には、政府から「今晩はこの高速道路は人民解放軍が移動するので通行止めにする」といったメッセージが勝手に届くと聞いたことがある。さらには公安(日本の警察)が“関所”を設けて小遣い稼ぎをしているという話も聞くことがあるので、遠乗りは結構なリスクを覚悟する必要があるようだ。

 さらに充電ステーションの設置についても別の事情通は、「まずは中心市街地に近いところにある工場を移転(半ば強制)させます。そこには工業用電力がきていますので、その跡地に巨大な充電ステーションを作ったという話も聞きます」とのこと。“一党独裁”と聞くと、何やら良くないことばかりを連想しがちだが、集合住宅ではかなりの住民の同意を得ないと充電器ひとつもつけられない日本に比べれば、国家や地方政府の掛け声ひとつで物事があっという間に進むスピードの速さは、こういうときにはかなり有効なもののようにも見える。

 インフラ整備はときには政府などの強い指導力が求められる。しかし日本でのエコカー普及は政府がどのような長期的展望を持っているのかすらはっきりわからない(ないのかもれない)ところが泣き所となり、結果的に中国でいうところのNEVの普及は停滞傾向となり、いまの日本はエコカー先進国などとはとてもいえない状況になってしまったともいえよう。


小林敦志 ATSUSHI KOBAYASHI

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愛車
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趣味
乗りバス(路線バスに乗って小旅行すること)
好きな有名人
渡 哲也(団長)、石原裕次郎(課長) ※故人となりますがいまも大ファンです(西部警察の聖地巡りもひとりで楽しんでおります)

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