スープラは時代に逆行? レーシングドライバーがショートホイールベースの採用に疑問符を投げかける (2/2ページ)

F1マシンなどレーシングカーはロングホイールベースが多い

 世界でもっとも速いレーシングカーであるF1を見ると、ホイールベースは3600mm以上もある。なかでも連続で年間チャンピオンを収めているメルセデス・AMGのマシンが、もっとも長いホイールベースを採用している。

 ホイールベースが長くなると直進安定性が高まる。クルマというのはじつは真っすぐ走らせることが一番難しい。路面のアンジュレーションや横風など、さまざまな外力を受けるなかで。ステアリングから手を離しても真っすぐ走れるような直進性が求められている。

 ホイールベースが短いと、前輪がまず横力を受けるとZ軸まわりに旋回モーメントがかかり、車体が旋回をはじめようとする。このZ軸とは車体の重心位置を上下方向に抜ける仮想軸だが、クルマはこのZ軸を中心に旋回姿勢(ヨー)に入るのだ。Z軸から前輪あるいは後輪の接地中心までの距離が大きくなれば、旋回力(ヨー慣性モーメント)が大きくなり、小さな外力では旋回性(ヨーレート)を立ち上げにくいが、距離が小さくなるとヨー慣性モーメントは小さくなり小さな外力でもヨーが立ち上がりやすい。これが専門的な理論だ。

 じつは操っているドライバーは、直線を走っているときに感じる安定性からコーナーでの限界高さを予測し、コーナーリング限界を引き出そうとする。直進姿勢が安定していればいるほど安心してコーナー奥深くまでブレーキングを遅らせ、しっかりしたグリップ感を感じながら高いコーナリングスピードを維持しようとするのだ。

 F1をはじめとしたレースマシンは、ウイングによる空力効果でダウンフォースを得て直線でのグリップが高く感じるが、空力デザインが悪いとコーナーに入ってステアリングを切り込んだ際、空力効果が薄れて、いきなりグリップを失いスピンしてしまう。ロングホイールベースだとこうした場面でヨーの挙動変化に寛容性が得られ、ドライバーがグリップ変化を感じやすいのだ。だからサーキットでの実戦経験が豊富なドライバーであればあるほど、じつはロングホイールベースを好む。

 多田さんによればモータースポーツのもっとも底辺である「レーシングカート」の運動性能からインスピレーションを得たという。レーシングドライバーがヨーコントロールをマスターする上でカートでのトレーニングは必須といえるが、それは超ショートホイールベースによりヨーコントロールの難しさを学ぶ場でもあるのだ。ある意味、トレーニング用の難特性をあえて新型スープラに仕込んでいることになるが、スープラは電子制御アクティブデフを採用して難特性の部分を制御しようとしていた。

 その制御にはハイスピードコーナリング時に起こるべき、ヨーモーメントとヨー変化に矛盾が生じており、ドライバーを混乱させる面があった。はたしてこれでいいのか。スープラでサーキットを攻めるにはこのアクティブデフの特性変更が不可欠となりそうだと感じさせられたのだ。

 そもそも論でいえば、時代のトレンドはロングホイールベース化にある。エンジンのハイパワー化、走行速度の高速化における直進性の確保や空力安定性の面でもロングホイールベースが有効だ。旋回半径は後輪操舵やアクティブデフで自在に設定できる。はたしてスープラが選んだショートホイールベースのスペックに勝算はあるのか。今後の進化を含めて見守っていきたい。


中谷明彦 NAKAYA AKIHIKO

レーシングドライバー/2023-2024日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員

中谷明彦
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海外巡り
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クリント・イーストウッド、ニキ・ラウダ

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