4WDマイスターのレーシングドライバーが乗って触って徹底解説! GRヤリスの「メカ」を斬る (2/2ページ)

意のままに操れる4WDスポーツとして今後の磨き上げに期待したい

 カップリングクラッチはGRヤリスを4WDスポーツとして高度に成立するための要となる重要装備だ。採用されているのはJTEKTから供給される湿式多板電磁クラッチで、クラッチ枚数は10枚以上組み合わされ、900N・mのトルク容量を誇る。構造以上に重要なのはその制御ロジックだ。ハイパフォーマンスにはノーマル、スポーツ、トラックと3モードをスイッチで選択でき、ノーマルでは前60後40のトルク配分。スポーツでは前30後70とリヤ寄りの駆動配分となり、トラックでは前50後50という駆動力重視の設定がなされていた。こうした駆動力配分を可能としているのはトランスファーに2.293、リヤデフに2.277という0.7%程度の減速比変化を与えていることで、カップリングの上流と下流で回転数差を生じさせることで強制的に後輪がトルクを奪う仕組みとしていることだ。

 ただ常時回転数差を生じるためにはカップリング内のクラッチをつねに滑らせ続けなければならずオーバーヒートしやすい。またコーナリング姿勢によっては内輪差やヘッドインによる車輪速変化で0.7%分は相殺されてしまうので、数値通りに常時固定させることはできない。おそらく多くのユーザーがイメージしている後輪駆動のようなリヤタイヤをパワースライドさせてカウンターステアを当てながらドリフト走行させるのは乾燥舗装路では不可能だといえる。

 実際にコーナーでいくつかの操作を試したが、アクセルターンに近い微低速の小さなRの旋回時にアクセルを踏み込むと、トルク増大初期には蹴飛ばされるようにリヤが振られたが、すぐに駆動力が4輪均等にかかり、コーナー出口はアンダーステアになっていた。

 今や世界的に有名になった「ゼロカウンター走法」は、高速旋回中にトランスファーを強く拘束し、前後のLSDの効きを効果的に強めなければ有効な走法とならない。現状の設定のままだとトルセンが1.5WAYで効かせ方(バイアス比駆動側2.3、減速側1.9だがJTEKTは1WAYと表記している)は弱く前後バランスも不明なので筑波サーキットの最終コーナーのような高速でのゼロカウンターは有効な走法にならないのではないかと推測できる。メルセデスAMG A 45 SはGRヤリスと似た駆動システムだが、リヤアクスルに左右トルク移動式デフを装着。さらに強力なブレーキベクタリングも作動させて「ドリフトモード」を可能としているが、GRヤリスはそうしたギミックも有していない。

 一方、サイドブレーキターンは可能で、レバー方式のサイドブレーキを引き上げればカップリングが解放されテールを振るが、アクセルを踏み込み続けてもフェイルセイフが働きパワーを絞るようで、ジムカーナなど競技で使うにはECUの変更が必要になるだろう。

 同じようにブレーキング時には安定性とハンドリングのバランスを得るためカップリングを弱く掴む設定となっているが、じつはそれはドライバー目線的には中途半端で有りがたくない。GRヤリスのブレーキシステムはフロント4ポッドにフローティング方式のディスクローターを組み合わせ理想的な構造を採用している。前論のストッピングパワーは強力で、ホイールベースの短さから急制動時にはピッチングモーメントが起こりリヤ荷重は減少する。このときにターンインしようとしても前輪はブレーキ力にグリップを奪われているのでコーナリングフォースの立ち上がりが悪い。

 そこで三菱ランサーエボリューションではセンターデフの拘束力を強めて後輪にもブレーキ力を伝達し制動安定性を高めつつ後輪ブレーキターンのような状況を作りだしていた。ドライバーがステアリングを切り込むと瞬時に拘束を弱め旋回応答性を高めることで直進制動性とターンイン応答性を両立していたのだ。ダートやオフロードでは拘束優先、乾燥舗装路やサーキットではステアリング操作に応じて拘束力を変化させる。GRヤリスはまだその領域にも達していない。ただヨーセンサー、ステアリング操舵角センサーなど必要な情報はそろっているので、今後ECUのシーン別適合作業がきめ細かく行われることを期待したい。

 さて、最後に一般道を走った印象を記しておくが、iMTによるブリッピング操作はヒール&トウの必要性をなくし、誰でもスムースなシフトダウンができる。エンジン音は大人しく、最近の欧州製ターボスポーツモデルのようなフラップサウンドは鳴らさない。いたって普通の乗用車として快適でスムースに走れてしまう。リヤシートはヘッドスペースが狭くて大人には窮屈だが、なだらかなルーフラインは車体後方に設置されるであろうリヤウイングの効率を高めるために必要で、狭さは我慢しなければならない。リヤコンバートメントも狭く床が高いが、その床下にはバッテリーが搭載されて前後重量配分の向上に役立てている。その搭載位置は右ハンドルと左ハンドルで微妙に異なり、左右の重量バランスにも配慮しているという。

 ルーフはカーボン製で軽く、エンジンフード、左右ドアパネル、リヤゲートも軽量なアルミ製だ。したがって走りは軽快でアジリティも高い。

 今後モータースポーツのさまざまなシーンでカップリング制御を含め各部が磨き上げられていくだろう。意のままに操れる4WDスポーツとして完成度を高めていく姿を楽しみに注視していこう。


中谷明彦 NAKAYA AKIHIKO

レーシングドライバー/2023-2024日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員

中谷明彦
愛車
マツダCX-5 AWD
趣味
海外巡り
好きな有名人
クリント・イーストウッド、ニキ・ラウダ

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