15代を数える自動車界の徳川幕府「クラウン」! マニアライターが独断と偏見でTOP5を選出した (1/2ページ)

15代を数える自動車界の徳川幕府「クラウン」! マニアライターが独断と偏見でTOP5を選出した

この記事をまとめると

■筆者はカローラやクラウンなどのセダンマニア

■クラウンは66年の歴史を誇り現行は15代目

■独断と偏見で心に残るTOP5を選出した

クラウンは長年にわたって日本の高級車の代名詞だ

 1955年に初代がデビューしてから66年目に入ったのが、トヨタ クラウン。「いつかはクラウン」というキャッチフレーズが使用された時もあったほど、多くの日本人のDNAのなかには、日本を代表する高級車として刻まれている(昭和世代だけかも?)。それほどクルマに興味のないひとでも、“クラウン=高級セダン”と連想できるのは、タクシーとして長い間活躍したことが大きいだろう(タクシーは贅沢な乗り物だった)。筆者が幼いころにはマイカーなどは存在しなかった。

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タクシーの深夜待ち画像はこちら

 そのころ、母方の祖母の家に行くときは路線バスを乗り継いで向かったのだが、帰宅する時は夜間になることも多かったのでタクシーで帰宅していた。なぜか祖母の家から帰る時に乗るタクシーはほとんどクラウンであった。当時はフロントベンチシートにマニュアルコラムシフトがタクシーの定番だったので、後席のセンターを陣取り、フロントベンチシートの背もたれ真ん中部分にしがみついて、運転士さんの運転する様子を“ガン見”していた。

 そのような筆者が選んだ、心に残る歴代クラウンTOP5を、思い出とともにお伝えしよう。

5位)8代目 ベンコラ仕様ステーションワゴンはいまでも高値

 4ドアハードトップで3ナンバー専用ワイドボディを登場させ、初代セルシオと同じ4リッターV8エンジンを搭載するなどしたのだが、当時は日産シーマが爆発的にヒットしており、販売に苦戦したモデルとなる。

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 すでにこの業界に身を置いていたのだが、ある日カメラマンと待ち合わせをしていると、そのカメラマンが、ボディカラーがブラックとなる4ドアハードトップ ロイヤルサルーンを運転してきた(いつもはクラウン以外のステーションワゴンだったが、たまたま実家のクルマできた)。

 乗り込むと、コラムシフトタイプのATでベンチシート仕様であった。シートはプカプカで、足まわりは“船を漕ぐ”雰囲気といえるソフトなもので、気分はアメリカ車(当時のアメリカ車はまだベンチシート&コラムシフトが多かった)に乗っているようで、「これでV8 OHVならなあ(実際は2リッター直6)」と思ったのを覚えている。柄のあまり良くない男ふたりが、陽気もいい時期だったので窓全開で走っている姿は、「あまり柄の良くない人たちが乗っている」と思われたかもしれない。

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 1991年に4ドアハードトップが次世代へ、1995年にセダンが販売終了となっても、ステーションワゴンが1999年までラインアップされた。クラウンステーションワゴンは、見た目の印象だけではなく、ラゲッジルーム床下に3列目シートが格納(逆向き)されている、7名乗車仕様となり、まさにアメリカンステーションワゴンを強く意識していた。そのため、ベンチシートでコラムシフトというスタイルの仕様も用意していた。

 いまでも中古車では、若者から“ベンコラ”と呼ばれたベンチシート&コラムシフト仕様は同年式のフロアAT仕様より格段に高値で販売されているほど高い人気を維持している。8代目はアメリカンフィーリングを強く感じる、最後のクラウンといっていいだろう。

4位)3代目 マイナーチェンジで大胆な改良実施

 前期モデルは“日本の美”をテーマとしたスタイリングを採用しており、とくにフロントマスクは“和風”なものとなっていた。初代、2代目にはなかった2ドアハードトップをラインアップするなど、それまでは、どちらかといえばタクシーやハイヤー、企業の役員車両など業務用車的ニーズが目立っていたのだが、モータリゼーションが進み“マイカー時代”が到来し、オーナードライバーを強く意識したモデルラインアップにもなっていた。

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 しかし、1969年にマイナーチェンジを行うと、特徴的なフロントマスクは大幅変更され、エクステリア全体も当時のアメリカ車で多かった直線基調なものとなった。ほぼラインアップしていた時期が被る2代目セドリックでも前期型ではピニンファリーナによるヨーロピアンテイスト溢れるエクステリアだった前期型が、マイナーチェンジ後の後期型ではアメリカ車のようなシャープな直線基調のエクステリアへ大胆な変更を行っている。インテリアも特徴的なものから、直線基調のオーソソックスなものとなっている。

 いまでは信じられないかと思うが、当時は“輸入車=アメリカ車”であったことが大きく影響していたようだ。

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