“走る倉庫”として急速に浸透 ここでおもしろいのは、ウイング車がいかにも日本らしい物流現場の発想から生まれた車体だという点だろう。いまでは海外でも「wing body truck」や「wing van」と呼ばれる車両が見られるが、その原型となる実用ウイングボディは、日本で開発されたものとされる。日本フルハーフは, ウイングボディを1969年に同社で開発した商品と説明している。つまりウイング車は、単に海外のトラック文化を取り入れたものではなく、日本の荷役事情、倉庫事情、人手不足への対応のなかから生まれた日本発の物流車体だという事実を知る人は多くないはずだ。
左右に大きく開く荷台は広い大陸を走るクルマというより、工場、倉庫、配送センター、店舗を細かく結び、限られた時間とスペースのなかで荷物を効率よく動かすための道具なのだ。これはまさに日本の物流が抱えてきた課題を逆算して生まれた形といえる。平ボディの作業性と、バンボディの保護性能。その両方を1台にまとめようとした発想こそ、ウイング車が日本的なトラックとして生まれた最大の理由だ。
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そしてウイング車はボトル輸送という専用用途から一般貨物へ広がっていく。ウイング車が誕生した当時はまだ幌ウイングが中心だったが、電動油圧式の開閉装置、アルミブロックのアオリ、アルミパネル張りのウイング、水密パッキンなど、現在のウイング車につながる基本的な姿は1972年ごろには形になっていたという。
さらにウイング車の誕生と成長の背景を付け加えるなら、普及を後押ししたのは、パレット輸送とフォークリフト荷役の広がりが大きく関係しているということ。荷物をひとつひとつ手で積むのではなく、パレット単位でまとめ、フォークリフトで横から差し込む。ウイングを開けば荷台の側面が大きく開口し、倉庫のように荷物を並べられる。うしろから順番に積み下ろしする必要がなく、必要な荷物に横からアクセスできる。これは作業時間の短縮だけでなく、荷物の傷みや積み残しを減らす絶大な効果もあった。物流現場にとって、ウイング車は走る倉庫であり、横から開く箱でもあった。
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1980年代から1990年代にかけて、ウイング車はさらに一般的な存在になっていく。アルミ化による軽量化、油圧装置の改良、パネル剛性の向上、気密性の改善などが進み、冷蔵・冷凍ウイング、保冷ウイング、精密機器輸送向けの仕様など、用途も広がっていったのだ。
物流シーンには必要不可欠のウイング車だが弱点もある。それは開閉には上方や側方のスペースが必要で、狭い場所では使いにくいことや構造が複雑なぶん、平ボディより車両価格やメンテナンス費用も高くなりやすいことだろう。それでも日本の物流現場でここまで普及したのは、荷役時間の短縮というメリットが圧倒的に大きかったということだ。
普段何気なく見ているウイング車。その歴史を知ると、ただ荷物を積んでいるだけではなく、日本の物流が工夫を重ねてきた歴史そのものだということが理解できるだろう。