この令和の時代になぜ機械よりも人間? 高性能車が職人の「手組みエンジン」を積むワケ

この記事をまとめると

■人は修行を積み重ねれば驚くような能力を身に着けられる可能性を秘めている

■熟練した職人は部品のわずかな重量差などを感じ取り驚くほど精緻なエンジンを組み上げる

■職人のエンジンは精密さなどに優れるが高価格になる傾向がある

熟練したエンジニアの精密な職人技

 クルマやエンジンなどに限らず、さまざまな製品において、職人技を駆使した品物は、驚くべき精緻さで作られ、見た目も美しく、使い勝手がよく、そして耐久性にも優れる。そのぶん、値段は高くなる傾向にある。

 なぜ、そうなのか。人間は、修行を積むことで計り知れないほどの精密さを感じ取ったり、こまかな作業を織り込んだりすることが可能だ。身近な例でいえば、人は目で見なくても、指先で紙とビニールと布地の違いを区別できる。紙の種類の違いも感じ取れるし、紙の厚みのわずかな差も指で挟むだけで把握できる。そうした感覚を何年も修行を積み重ね、極意にまで達すれば、職人技として素人には及びもつかない能力を身に着けられる可能性を秘めている。

 工業製品はどれほど精密に機械製造したとしても、多少の誤差があるのは当然と考えられており、その誤差の範囲をできるだけ小さく収めることが求められている。とはいえ、誤差がなくなるわけではなく、吸排気バルブひとつにしても、ほぼ同じ基準に揃えられて製品化されても、厳密には重さの違いが若干あるはずだ。熟練した技能者は、その差を手でもっただけで感じ取ることができるのだ。

 さらに、より精密な計量機器で誤差を明確にし、差の少ない部品を集めることは可能だ。その「ひと手間を加えることを通じ、重量バランスの誤差が減ることでエンジン回転を滑らかにしたり、アンバランスによって生じる摩擦の損失を減らし、馬力を上げたりできるようになる。

 熟練した職人が組み上げたエンジンとは、1基のエンジンをひとりの職人が責任をもって組み上げることを意味する。複数人が分担して行うような流れ作業で組み上げた一般の量産エンジンに比べ、職人技といえる精緻さや丁寧さのある工程を経ることによって、優れた性能を発揮しやすくなる。

 たとえ馬力という数字の差がわずかであっても、1cmでも先にゴールしたほうが勝ちとなるレース競技の専用エンジンでは、性能の差が結果に大きくかかわる。競争ではなくても高性能車であれば、そうしたエンジン回転の滑らかさは運転者の気分を高揚させたり、調和の取れた回転が手応えのよい加速をもたらしたり、商品価値やブランド力を向上させることにつながる。

 一方で、職人ひとりが1基のエンジンを組み立てるとなれば時間を要するし、重量の誤差がある部品は排除されるため無駄が生じることで、エンジンの原価を高めることにもなる。何事にもある良し悪しは程度問題でもあり、消費者の期待という費用対効果との関係につながる。エンジンを組み立てた職人のネームプレートが貼られたエンジンは、より高い魅力を提供しており、価格は高くならざるを得ないことになる。


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御堀直嗣 MIHORI NAOTSUGU

フリーランスライター

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