最後にして最強のNSX! 開発責任者に「タイプS」の「中身」と「想い」を直撃した (1/2ページ)

この記事をまとめると

■あらゆるシーンでスーパーカーを体感してほしいという想いから「タイプS」となった

■パーツなどの製造の問題から350台という設定になった

■限定色は日本に限定10台の展開

ホンダ史上最高峰のスポーツカーの開発秘話に迫る!

 8月30日に正式発表、9月2日より予約受付が開始され、一部ディーラーと、限定色「カーボンマットグレー・メタリック」については早くも販売が終了している、2代目ホンダNSXの最終モデル「タイプS」。その全面的な進化の狙いと、NSXへの想いについて、2019年モデルより開発を指揮している水上聡LPLに聞いた。

−−今回のタイプSは、手が加わっていない所がないと言えるほど全面的に変更されていますが、2022年モデルはタイプSのみとのことです。このタイミングでここまで手を入れたのはなぜでしょうか?

水上 元々、第二世代の開発のあとから、少しずつでも進化させていくのと同時並行的に、「これを究めたらどうなるか」というものの開発を続けていたんですね。それが、このタイミングになったということですね。

−−タイプSのリリース時期として設定していたのがこのタイミングだったのでしょうか? それとも、たまたまこのタイミングで出来たのでしょうか?

水上 どこまで手を広げるか、だと思います。私の想いとしては、スーパーカーの現代的水準を考えた時に、600馬力というのが土台に乗れる水準だと思っていて、扱える範囲と……トータル出力で表現したのは、開発中は電動モデルがNSXだけだったんですね。かたや他社はV8やV10のエンジンですから、「V6+電気でも同じ出力を出せる」という考え方のもと、タイプSのシステム最高出力を610馬力にしました。600馬力を超えたいということでそうしています。

−−ようやく他のメーカーからもハイブリッドのスーパースポーツが発売されるようになり、時代がようやくNSXに追いついてきましたね。

水上 そうですね、そういう風に自負しています。

−−他社さんも揃ってV6にハイブリッドというパッケージですが(笑)。

水上 蓋を開けてみると、そうですね(笑)。ただやはり、ハイブリッドとなると燃費だけ、というイメージを持たれやすいですが、走りと環境性能との両立の観点から言うと、3モーターを使っているのはNSXとフェラーリSF90だけですので……。

−−「タイプS」という名称になりましたが、パワートレインにまで手を入れているのは初めてでしょうか?

水上 初代NSXタイプSが発売された頃は馬力規制がありましたから、最高出力は変わっていません。ただ、その時のマイナーチェンジで、3.2リッターエンジンと6速MTを新たに設定しています。今回のタイプSに関しては、その名前よりも「究める」という想いの方が強くて。だったら、その土台まで載せた形で勝負しようと。

−−敢えて「タイプR」を名乗らなかったのはなぜでしょうか?

水上 タイプRは皆さんのイメージがどうしてもレーシングスポーツ、サーキットベストなクルマですよね。かつ、先代がそうであったように「軽く、軽く」と。でもそれは時代がそうさせたことなんですね。今回のタイプSも、チャンピオンシップホワイトのボディカラーに塗装して赤バッジを付ければ、タイプRになるくらいのパフォーマンスはあると思います。ただ、どうしてもレーシングスポーツでの訴求をしたくなくて、「これはホンダのスポーツの頂点です、Sの系譜です」ということも、特徴として考えています。なおかつ、このクルマ単体で考えた時、あらゆるシーンでスーパーカーを体感してほしいという想いのほうが強かったので。サーキットに行って遅いわけではありませんが、タイプRは今はシビックにバトンタッチしているということで、ホンダ全体で動いていますから。
「タイプR」という名前のほうが嬉しいという方もいらっしゃるでしょうが、本当は「NSX-S」だけでも良かったと思っています。ですが、「タイプS」と言った方が分かりやすいので、そう表現していますね。

−−北米では現在、アキュラのTLXとMDXにタイプSが設定されていますが、両車ともパワートレインを含めてよりハイパフォーマンスで、トータルに走れる……というコンセプトですよね。そのうえでNSXも、新しい時代のタイプSという……。

水上 そちらの流れにも合致していると思います。ですから、アキュラのため、ホンダのためというよりは、コーポレートホンダとして、NSXタイプSというものがあり、それをアキュラとホンダお互いのブランドで使う、ということですね。それを意識したというよりは、NSXの頂点を究めることから派生していけば、アキュラはアキュラでタイプSシリーズの流れがある、ホンダ側としてはSの系譜がある、そう解釈していただければありがたいですね。

−−ターボチャージャーは別物になっているのでしょうか?

水上 はい、高耐熱材料のターボを使っています。ターボは単純に過給圧をアップすることでパワー・トルクを高めることもできますが、ちゃんと耐久性も考えたうえで、材料も変更して、見直しました。

−−実際のNSXユーザーも高負荷な状況で走行されることが多いのでしょうか?

水上 グランドツーリングカーとして使われている方も、サーキットを目一杯走る方もいますので、お客様によるかと思いますが、あらゆるシーンで使ってもらえるというのが、このクルマの良さだと思っていますので、そういった点はちゃんと考えています。

−−ブースト値は……?

水上 公表はしていません。瞬間ごとに異なるので、どの断面を取るかで数値が変わるため、数字が一人歩きしないようにしています。

−−インジェクターも別物ですか?

水上 はい、他車で使われているものも含めて探した中で選びました。

−−インタークーラーはフィンを変えている……?

水上 ピッチを変えています。従来のものからメッシュだけ変更しています。正直言いますと、フィンはシビックタイプRと同じものです。この辺りは、「バカじゃないか」と叱られない程度にやっています(笑)。

−−シビックRのほうが冷却面はむしろ厳しいですよね。

水上 フロントエンジンのほうが厳しいんですよ。ですので、そのフィンピッチだけ持ってくれば良くて、そういった所はサプライヤーさんにも泣いてもらっています(苦笑)。そういうご協力がないとできませんよ。全部ゼロから開発したら大変なことになりますから、お金を使わず知恵を使う、ということですね。

−−駆動用バッテリーは今回、容量が上がったということでしょうか?

水上 電池自体はそのままです。使える上限を20%上げて、出力も10%上げたということですね。それにより、電池やモーターはそのままで最高出力を7馬力上げています。ただしフロントの2モーターはギヤレシオを下げています。それは、発進時やEV走行時の加速レスポンスだけではなく、それが持続するようにしたかったからですね。「モーターじゃレスポンスしか出ないじゃないか」という声に反抗したかったんです(笑)。

−−限界を広げると本体の寿命は短くなる……?

水上 それは守ったまま、です。正直な所、本当はもう少し引っ張れるんじゃないかとつついたんですが(笑)。

−−2019年モデルでSH-AWDの制御を含めてナチュラルな方向に進化したと思いますが、タイプSではそれを維持しながらパフォーマンスを上げたという方向性ですか? それとも、もっと旋回性能を重視したのでしょうか?

水上 どちらかというと挙動や駆動力に執着したんですね。2017年モデルではSH-AWDをレスポンスに振っていましたが、2019年モデルは人間のほうに近づいたんですね、「血の通った制御」と表現していますが。ミッドシップ4WDの王道ですね。今回は双方の足し算でもありますし、でも人間の期待に応える、より人間中心という方向性にも持ってきています。プレゼンテーションの際、「SPORT+」モードの説明で「四輪で走っています」と述べましたが、それがすべてですね。
「ターンインの時は減速が早くなりました」とも説明しましたが、それはトランスミッションの制御もより早く変速するよう変更しているんですよ。ターンインではSH-AWDでより早くノーズをインに向けていますが、あとは前後の駆動力配分を制御するだけで、普通のAWDなんですよ。内向きの姿勢を作ったら、ヨーイングできれいにイン側を向く。要は旋回中に外に向かっていったら怖いので、内側に向けたらその目印とともにそこに向かって走れる。それが、2017年モデルと2019年モデル両方の合わせ技+新しさだと思っています。「こんなに巻くのか」とビックリするくらい。遠くに見える3本の木が内側に入るくらいですから。でも普通ならそれでスピンモードに入ってしまうんですが、四輪で安定して引っ張っていけるので、それが安定感との合わせ技です。

−−それで、ターンインでリヤの接地感が抜けるような感覚が出ないように…?

水上 はい。ムービーの最後にはウエット路での走行シーンがありましたが、あの勢いで突っ込んでいけるんですね。

−−路面のギャップがものすごかったですが(笑)。

水上 あの状態でもサスペンションは追従していますから。

−−あの状況で突っ込んだら、普通のクルマなら飛びますよね(笑)。

水上 そうですね。私がドライブしていましたが、怖くなく行けるので、「外から見たらこんな風になっていたのか」とビックリしましたが(笑)。

−−ウエット路であれほど踏めるのは、タイプSならではということですよね。

水上 ですからクルマとの信頼関係が当たり前にある……クルマがすごく助けてくれているんですが、そういった緻密な制御にはこだわりました。

−−4種類設定されているドライブモードは「SPORT+」以外は変更されていないのでしょうか?

水上 全部変更しました。「SPORT」モードでは今までよりもっと軽快に走らせたかったんです。行きたい所にスッと行くというのを中心に変更しましたので、結構これが万能でして。車速を上げていってもこれだけで走れてしまいます。1800kgの車重を感じさせない走りが、リズミカルなシフトチェンジの相乗効果もあって体感できます。なおかつこれをミッドシップとして上手く使えるトライをSH-AWDに採り入れています。
「SPORT+」は巻き付くような、ワインディングが楽しいよと。「TRACK」はサーキットでも意のままに走れる自在さを狙っていて、クルマに預けられる感覚ですね。

−−振り回しても走れる、ということでしょうか?

水上 そうですね。逆に無茶なことをする必要もなく、SH-AWDも使いながら……だからコーナリングスピードがすごく速いです。
それと「QUIET」はダンパーの制御も変更して、路面にピタッと吸い付くような……。かつアクセルを踏んでもエンジンがかからないように我慢する場面が以前はありましたが、タイプSはないんですよ。街中や住宅地をストレスなく走れますね。「全速・全域Super Car体感」という走りのコンセプトを掲げているのは、全身で体感して下さいという想いからです。ドライブモードを複数設定しても切り替えるのが面倒でいつも固定している方は多いと思いますが、積極的に使ってもらえるようにしました。

−−パドルホールド・ダウンシフトは、ユーザーから要望があって実装されたのでしょうか?

水上 いえ、自分たちの方から「パドルシフトがせっかく付いているから遊ぼうよ」という想いで。ワンアクションでシフトダウンできますので、コーナー進入でちゃんと減速できるということと、高速道路でインターチェンジを降りる際に、減速するのがすごく楽なんですよ。一気にシフトダウンしてそのままDに復帰しますから。そうした安定性プラス遊び方ですね。それと、追い越しの時も一気に加速できます。1速づつシフトダウンすることも可能です。

−−元々NSXのDCTは9速もありますから、一気に落としたいですよね。

水上 オーバーレブしない範囲で最適なギヤに落ちますので、結構違和感なく気持ちいいですよ。

−−鈴鹿サーキットのラップタイムが3秒短縮されたという話がありましたが、シケインの進入が楽になりそうですね。

水上 そうですよね。どこまで突っ込むかというのもありますし、使えるものは全部使ってどう表現するか、ということですね。

−−高速域からのブレーキング時の安定感が結構違ってきそうですね。

水上 本当にそうですね。空力の要素も大事で、そこも手を入れていますから。

−−フロントリフターを設定するのは難しいですか? 今回フロントにカーボンのリップスポイラーが装着されていますが、大きな段差や傾斜では結構怖いなと。

水上 あれば親切で助かるものだと思いますが、これを開発するとなるとまた大変でして。ダンパーとスプリングのAssyの中に入れると、ストロークの規制まで入れなければならなくなりますから。最初からそれを考慮して設計していればよいのですが、あとから追加するのは難しいですね。
でもリフターが装着されている他社さんのクルマでも、前が見えず車両感覚が掴みづらくて、擦りそうになることがままありますから。NSXはその点、車両感覚が掴みやすくて狭い所でも通りやすいですし、リフターがなくても段差や傾斜が大きい所で気をつけさえすれば、私は楽だと思います。それは、スーパーカーでも扱いやすい、ホンダならではの所だと思っています。言い方は悪いかもしれませんが、「乗りやすいスポーツカーなんて、なめんなよ」と怒られるかもしれませんが、でも乗りやすくて、スーパースポーツらしい体感ができれば、注目する所が変わると思うんです。しゃかりきになって運転するのではなく、余裕ができますから、クルマとの対話と発見が多くなります。そういった所を感じてもらいたいと思い、「人間中心」という原点に戻りました。

−−私は初代NSXの初期型を中古で購入して乗っていたことがありますが、初代は普段の買い物にも使えるくらいでしたね(笑)。2代目はさすがにそこまではいきませんが、そうした日常性は多分に残されていますよね。

水上 初代はサイズ感も手頃でしたよね。2代目も、「このクルマでコンビニに行ってほしくないですよね?」と聞かれたことがありますが、「どんどん行って下さい、縁石だけ気をつけて下さい」と答えました(笑)。

−−今回は内装の質感も上がりましたね。

水上 加飾まで変えるかまで検討しましたが、最終的にはこのクルマが持って生まれた特徴をきっちに見せるにはどうすればいいかを考えました。そして、少しでも軽量化したかったので、従来はレザー張りだったピラーとセンターパッドをアルカンターラに変更しています。正面側のパッドは、変更しようとすると衝突安全まで全部見直さなければならなくなるので……。また、ステッチの入れ方も精緻に見えるよう変更しています。それに、レッドの差し色を変えるなど……それこそ知恵を使っています。エアコンのアウトレットにもサテンシルバーを入れて、ちょっとキラッと見えるようにしました。

−−2代目NSXはコンセプトカーの頃からエクステリアはずっと変わりませんでしたが、今回エクステリアも大幅にアップデートされて、今風のスーパーカーになりましたね。いま純粋なニューモデルとして発表されたとしても通用しそうなデザインになったと思います。これが全世界350台限定というのは勿体ないですね。

水上 皆さんにそう言われます(苦笑)。NSXを究めるために開発していたものですが、販売できる台数や生産できる時期も総合的に考えて、ということですね。本当に残念ではあるんですけど。


遠藤正賢 ENDO MASAKATSU

自動車・業界ジャーナリスト/編集

愛車
ホンダS2000(2003年式)
趣味
ゲーム
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