タイヤの「顔」トレッドパターン。レーシングドライバーが語る「排水のためだけ」じゃない「溝形状」の意味 (2/2ページ)

ウエットに有利な深い溝浅い溝はドライで活きる

 溝の深さもまちまちで、多くの意味がある。道路交通法では「トレッドパターンの溝の深さは1.6mm以上あること」と規定している。したがって、すべての市販タイヤには残り溝が1.6mmになると表面に現れる”スリップサイン”が配置されている。タイヤ外周上のどこか1箇所でもスリップサインが現れた時点で公道での使用は禁止、車検も通らない。

 摩耗が進むと排水性が低下し、ウエット路面で滑りやすくなることから定められている規定で、溝の深さも路面状況によるタイヤグリップ力特性に大きく影響を与えることが理解できるだろう。

 ところが、溝が浅いことによるメリットもじつはある。それはランド=陸部分の剛性が高まることだ。

 ブロックパターン部は負荷がかかった際、変形しながらグリップ力を発揮する。剛性が低いと変形量が大きくなり操縦性に悪影響を与えてしまうのだ。また、変形したゴムの内部では”ヒステリシス”という発熱が生じ、、低速ではそれがグリップ力につながるが、高速域では過熱でブロック剛性が低下。グリップ力の熱ダレ現象を引き起こす。つまり、溝が浅いほど変形量は少なく、高速走行に適した特性になることがあるということだ。

 サーキット走行ではあえて摩耗したタイヤを使用することもあるが、あくまでドライ路面に限ったことだ。

接地面の荷重に応じてデザインを最適化

 トレッドパターンの構成はデザイン的要素もあり、通常は左右は対称である。対称パターンは前後左右輪どこでも装着できるため摩耗を平均化するためのローテーション交換を行いやすい(ただしサイズが4輪同一の場合)。

 ところが、タイヤの接地面はタイヤの内側と外側では果たす役割が異なる。そのことから左右を非対称としたデザインのほうがタイヤ性能を最大限引き出せると考えられる。

 通常のサスペンションでは、タイヤは上下動に加えて円軌道の軌跡を描く。すると、”キャンバー角”と呼ぶサスペンションの装着角度がホイールストロークの位置によって変化し、タイヤの接地位置は内側から外側へと変化する。これは”サスペンションジオメトリー”と呼ばれる幾何学的軌跡で、停止状態でのネガティブキャンバー(=前後方向から見てタイヤがハの字に開いた状態)が、走行中のサスペンションが縮む方向ではよりネガティブキャンバーが強まる。

 しかも、転舵するとタイヤにスリップアングルがつき、グリップ力の発生でタイヤの断面形状が変化。さらに荷重変化でたわむことで、キャンバー変化以上の接地面変化が生じ、タイヤ外側のショルダー部にさらに接地圧力が集中する。

 こうしたことから、接地面の外側にランド:シー比が大きいスリックタイヤに近いデザインを採用。一方、センターから内側にかけてはパターンを大きく配置することで直進時に排水性を確保するような左右が非対称のトレッドパターンも存在している。

 非対称デザインはスポーティな見た目となり、スポーツカー用タイヤとして人気が高い。しかし、ローテーションを行いにくくなる欠点もある。また、サスペンションのバネレートやジオメトリーによっては大きなネガティブキャンバーを維持したまま上下動する場合もあって、一様に「同じ」と言いきれない難しさもある。

トレッドパターンは静粛性にも大きく影響

 さらにパターンデザインによってタイヤの回転方向を指定している場合もある。

 前方から見て矢印が進行方向に向かっているV字型パターンは、見た目にも理解しやすく、スポーティにも見えるだろう。タイヤの回転による遠心力に加えて、タイヤの中央部から両サイドに流れるようなパターンは溝内の水を弾き飛ばしやすく、ウエット性能が優れているように見える。実際、機能的にも縦溝と横溝、両方のメリットを併せ持った特性で人気が高い。

 ただし、減速時の接地部分には回転方向とは逆方向に滑りが生じる。これは接地面の中心部に水が集まりやすくなってしまうのが原因で、ウエットでのブレーキングでは注意が求められることも。

 非対称パターンと回転方向指定パターンを組みわせた、個性的で見栄えのいいトレッドパターンも可能で、使用目的に応じた性能も与えやすい。一方、トレッドパターンの違いによる特性変化として、”パターンノイズ”と呼ばれる走行音を意識する必要もある。

 複雑なデザインによってトレッドパターン内では空気の流れが縦横無尽に生じ、いくつもの周波数の音が発生する。パターンの合流部分では空気の衝突が発生することで耳障りなノイズになりやすい。トレッドパターンは、そうした騒音にも留意しながら設計されているのである。

 近年、クルマの電動化に伴って、タイヤの構造やトレッドパターンにも見直しが求められている。顕著なところでは大きなバッテリーやモーターを搭載することで車重が増し、タイヤ接地面にも大きな荷重がかかることに対する対応だ。対策としてブロック剛性を強化する必要があり、ランド:シー比の見直しも検討される。

 とくにエンジン音を発生しない、静粛性の高いBEVでは、よりパターンノイズが気になりやすくなる。

 今後はトレッドパターンをはじめ、新たな技術を投じた、より静かで、剛性が高く、偏摩耗しにくいタイヤが求められるようになるだろう。

※本記事は雑誌「CARトップ2025年5月号」の記事を再構成して掲載しています


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中谷明彦 NAKAYA AKIHIKO

レーシングドライバー/2026-2027日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員

中谷明彦
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